「ねえねえ! 二組の天堂(てんどう)くんって、すーーっごくイケメンじゃない!? かっこよすぎて、腰ぬかしそうになっちゃったぁ」
「分かる。正直、今までの人生、どんな男子と出会っても『ゆうて、アタシの方がイケメンだし!』って思ってきたけど、天堂くんだけは別次元だった。初めて心の底から、クッソ負けたわ~! って思ったよ」

 悔しそうに拳をにぎりこむ(あかね)ちゃんは、ベリーショートの黒髪がよく似合っている爽やかな美少年――ではなく女の子。
 本人も承知のとおり、女の子ファンがついちゃうほどのイケメン系女子なんだ。

「茜ちゃんのほうがイケメンだけどね~! って言ってあげたいところだったけど、ごめーん。やっぱり、天堂くんの勝ち~!」

 そんな茜ちゃんに向かって、ふわふわと笑っているのが、ゆきりん。
 二つ結びがチャームポイントの、明るい女の子。
 ゆきりんは、自他ともに認めるミーハー女子!
 イケメンに目がなくて、かっこいい男の子の話になると、急に早口になるんだよね。

「あはは、ゆきりんは正直者だねぇ。ま、アタシの見立てでも、天堂くんはぶっちぎり校内一位のイケメンだからしゃーないな」
「うんうん、お父さんが外国人なんだってよ! 金髪に青い瞳なんて、本物の王子さまみた~い! 彼女とかいるのかなぁ」
「天堂くんの彼女かぁ。狙ってる子は星の数ほどいても、よほどかわいくないと恥ずかしくて隣に立てないだろうね。うちのクラスだったら、ありさレベルじゃないと」

 おおぉ……。
 ゆきりんと茜ちゃん、朝から楽しそうに盛り上がってるなぁ。
 わたし、大神(おおがみ)奈々(なな)
 この春から、星宮(ほしみや)中学の一年生!
 まだ入学三日目だけど、女の子たちはみんな、隣のクラスの超超超イケメン新入生『天堂くん』の話題に夢中みたい。
 イケメンよりも、友だちを作ることに必死だったわたしは、ウワサの彼をまだ見たことがないんだ。
 そんなに、かっこいいのかな?
 ギリシャ神話一のイケメン神さま、アポロンさまにはりあえるぐらい?

「ふああ……おはよー。なんの話をしてたの?」
「あっ、ありさちゃん! おはよう!」

 ふわふわと波うつミルクティー色の髪に、星がまたたいているような瞳。
 ブレザーの制服からのぞく、すらりとした手足は、折れちゃいそうなほど細い。
 鏡見(かがみ)ありさちゃん。
 ありさちゃんは、お人形さんみたいで、とーってもかわいいんだ。
 それにね、見た目だけじゃなくて、心もキレイなのっ。
 教室で誰にも話しかけられずにおたおたしていたわたしを一人ぼっちにしないように、さりげなく仲間にいれてくれたんだよ。

「おはよう、奈々」

 ありさちゃんのニッコリ笑顔には、人をドキドキさせる魔法がかかっているみたい。
 わたしでも、キュンとしちゃうの。
 もしも現代にヴィーナスさまがいたら、ありさちゃんも、あまりのかわいらしさに嫉妬されちゃうかも。
 ありさちゃんのフォローのおかげもあって、入学早々、素敵なお友達が三人もできた。
 わたしの中学生活ってば順調も順調だ! えへへぇ。

「ねえねえ。ありさちゃんも、天堂くんのことかっこいいって思うでしょ?」
「あぁ、ウワサの天堂くん。たしかにかっこいいよね」

 へえぇ。
 ありさちゃんも認める、イケメンくんなんだなぁ。

「だよね~! お願い、ありさちゃん! ためしに天堂くんに話しかけてきてくれない!?」
「えーっ? なんで、あたしが?」
「それは~、もちろん、ありさちゃんがかわいいからだよ! ありさちゃんに話しかけられて、嬉しくない男の子なんていないもーん。それで~、友達になったら私にも紹介してほしいなぁ……なーんて?」
「やだよ。イケメンだとは思うけど、用もないのに話しかける理由もないし」
「ちぇーっ。お姫さまは、王子さまに興味なしかぁ」
「お姫さまじゃないってば」

 ゆきりんのくりっとした瞳が、今度はわたしへと向けられた。

「さっきからボーッとしてるけど、奈々ちゃんはどうなの? 天堂くんのこと!」
「へっ?」

 急に、自分へと会話のボールが飛んできて、ギョッとする。

「あー、奈々は興味ないよ。だって、奈々には……」

 ギクウッ!
 とたん、錆びついたロボットみたいに固まるわたし。
 中途半端な笑顔のまま、フリーズ状態。
 あああっ、ありさちゃん!
 どうか、どうかそれだけは言わないで~~~!

「「奈々には?」」

 ゆきりんと茜ちゃんがそろって首をかしげた時、胸のバクバクが身体をつきやぶっちゃいそうなほど速くなった。
 ダメダメダメダメ言っちゃダメえっ!! というわたしの必死な心の祈りがありさちゃんに届くわけもなく――

「彼氏がいるから!」

 ――気が遠くなるような満面の笑顔で、言われちゃいました。

 …………。

「「えええええ!? うっそー!?」」
「いまの聞いた? 大神さんって、彼氏いるらしいよ」

 身体中から、ヘンな汗が噴き出てきた。
 ううぅ……ゆきりんと茜ちゃんの『キョウミシンシン!』って感じの視線が痛い! っていうか、他の子たちにまで聞こえちゃったっぽいんだけど!?
 どんどん胃が痛くなっていくわたしをよそに、ありさちゃんは胸の前で両手を組むと、白い頬をバラ色に染めて語りだした。

「それがね! 奈々ってば、昨日の放課後に、教室の窓から空を見上げて『会いたいなぁ』なーんてうっとりため息をついてたの~~」
「なにそれなにそれ~! くわしく聞きたい!!」
「言ってくれないなんて、水くさいなぁ。奈々の彼氏ってどんな人? アタシよりもイケメン?」

 きゃっきゃと桃色に盛りあがる三人の横で、わたし一人が地面にのめりこみたくなっていた。
 はああ……、冥界まで逃避したい気分だ。
 ゴメンね、みんな。
 それはちょっとした勘違いといいますか、本当は彼氏なんていないんです!



 昨日は、桜の花びらがよく映える、きれいな青空だった。
 目に焼きつけたくなるような、気持ちの良い快晴!
 よく眺めたかったから、みんなが教室を出ていった放課後、窓をあけにいったんだ。
 春の包みこむような日差しに、身体がぽかぽかとしてきて。
 だんだん『中学ではフツウの子になってみせる!』と張りつめていた心もゆるんできた。

 ぼんやりしてたら、気持ちも、幼かったあの頃に戻っていったんだよね。
 あの空の向こうに、神さまたちが住んでいたら良いのに。
 それで、わたしにだけこっそりと会いにきてくれたらなぁ、って。
 叶わなくても、願うだけなら自由。
 心に秘めるはずだったんだけど、気のゆるみで、そのまま口からこぼれちゃった。

『(神さまに)会いたいなぁ』

 まさか、教室に忘れ物を取りにきたありさちゃんに、漏らした言葉を聞かれるなんて思いもせずに。

『奈々? いま、会いたいって聞こえたような気がするんだけど』

 肩をビクリと跳ねあげて、振り向けば。
 ありさちゃんの宝石みたいな瞳が、ぱぁぁぁっと輝いていて。
 対するわたしは、心臓バックバクのドッキドキ。
 ビックリしすぎて、そのまま吐き出しちゃうかと思った。
 どうしようどうしようどうしよう。
 中学では、『神の信者系女子』は封印しようと思っていたのに!
 早速、やらかしちゃった~~!? って、パニックになっていたら――

『もしかして……奈々って、彼氏がいるの!?』
『……へ?』
『そうなんでしょ!? だって、恋する乙女の声だったもん! そんなに会いたいの? ねえ、どんな人!?』

 ――た、助かったぁ!
 でも、あれ? ちょっと待てよ……。
 ま、まままさかっ、ありさちゃんに恋人がいるって勘違いされちゃってる!?

『ち、ちがうのっ!』
『隠さなくても良いのにぃ~。このこの幸せ者~! なぁに、照れてるの?』

 なんとか誤解だって伝えようとはしたんだけど、結局、本当のことは言えなかったんだよね。
 だって、中学生にもなって、神さまを信じているだなんて『ヘン』だから。
 せっかく、ありさちゃんみたいなかわいいお友達ができたのに、ゲンメツされるのが怖くって。
 わたしは背中に大量の汗をかきながら、苦笑いを浮かべた。

『え、えへへ。実は、そうなんだ』

 こうしてわたしは、中学に入学して早々に『彼氏持ち』というウソを吐いた、オオカミ少女になってしまったのです。