身体中が、燃えているみたいに熱くなって。
 自分で自分の行動を制御できないぐらいに、胸がいっぱいいっぱいになったんだ。

「大神さん?」

 水谷くんは、夢の中にいるように、どこかボンヤリとしていた。

「ごめんなさい。たまたま通りがかって、二人の会話が聞こえちゃったの。ねえ。すっごくお節介だとは思うんだけど、さっきの……ありさちゃんのことだけは好きにならないって、どういうこと? ありさちゃんから聞いたけど、二人は仲が良かったんだよね。本当に、なんとも思っていないの?」

 叩きつけるように、まくしてたてたら。
 あのいつなんどきも落ちついている水谷くんが……不機嫌をあらわにするように、顔中をゆがめたんだ!

「……なんとも思っていないわけがないでしょっ! でもっ。ありさには、僕じゃダメなんだ」

 震えているその声には、深い悲しみが宿っていた。
 まるで、大切な魂の半身を失ったような声。

「僕じゃダメって……どういうこと?」

 あまりにも水谷くんが悲しそうで、わたしまで眉尻が下がっちゃう。

「大神さんも、知っているでしょう? 『シンデレラ』では、かわいいお姫さまのもとには、美しい王子さまが迎えにくるんだよ」
「王子さまって……」

 思いもよらない話題の転換に、戸惑ったけれど。
 真剣な雰囲気に、のみこまれてしまう。

「僕は、ただ、ありさの幼馴染だったってだけ。幼い頃は、ありさが隣にいれば、ただそれだけで幸せだった。でも、ある時に、気がついちゃったんだ。ありさは、僕だけじゃなくて、みんなにとってもトクベツなんだってこと。ただ隣の家だからって理由で、ありさの隣にいた僕への周りの目は、冷ややかだった」

 っ。
 メガネの奥の瞳が、暗く曇ったように見えた。

「ありさは、お姫さまだから。僕よりも、ずっとずっと彼女にふさわしい人がたくさんいる。それなのに……僕なんかが、隣にいていいわけがない」

 気弱に微笑む水谷くんに、胸がじくじくと痛んだ。
 たしかに、ありさちゃんはとってもかわいい。
 ちょっと不器用だけど、見た目も中身もあんなにかわいい子、他になかなかいないぞってわたしでも思う。
 誰もが認めるお姫さまだって、思うよ。
 でも……だけどっ!

「……バカだ」
「えっ?」
「水谷くんは、めっっちゃくちゃ頭が良いくせに、信じられないぐらいの大バカだよ!!」
「ちょっ!? お、大神さん??」

 ぼろぼろと、熱い涙が目からあふれてとまらない。
 突然いきおいよく罵倒された水谷くんも、わたしが泣き出したことのほうに戸惑って、おたおたとしている。
 でも。
 一度、口火をきったら、もう自分でも止められなかった。
 のみくだせないほどの熱い思いがせりあがってきて、頭が沸騰《ふっとう》しそうだ。

「……水谷くんは、どうして『シンデレラ』の王子さまが女の子の憧れなのか、考えたことある?」

 泣きながら怒っているわたしの剣幕に、水谷くんは、もごもごと答えた。

「そんなの……誰からも見ても明らかでしょう? かっこよくて、お金も地位もあって……」
「ちがう!」

 剣で斬るみたいに、スパンと跳ねのける。

「わたしは……シンデレラを、あきらめなかったからだと思う」

 ハッとしたように、それまで自信なさげだった水谷くんが顔を上げた。

「魔法が解けて、平凡な女の子に戻っちゃったシンデレラを、ガラスの靴という手がかり一つで広い国の中から見つけ出したからだよ!」

 諦めずに、たった一人の女の子を迎えにいったから!
 だから、王子さまは、女の子たちの憧れの人になったんだよ!!

「水谷くんが王子さまになれないとしたら、イケメンじゃないからじゃないっ。目の前に大切な女の子がいるのに、自分から諦めようとしてるからなんじゃないの!?」

 雷に撃たれたみたいに呆然としている水谷くんを取り残し、わたしは、みっともなく鼻水まで垂らしながら走り去ったんだ。



「お疲れさま。いい啖呵をきったね、奈々」
「っっ。わ、笑わないでよ」
「褒めてるんだよ」

 感情がたかぶって、まだまだ涙が止まらないわたしの頭に、ルカはぽんっと手をのせてきた。
 それから、何も言わずにやさしく撫でてくれていた。

「キミに、あんな情熱的な一面があったなんて、知らなかったな」

 あったかくて、安心する。
 だけど、ちょっとドキドキもして、胸が苦しい。

「……わたし、言い過ぎたかな」
「大丈夫。あの宇宙一鈍そうな男の心は、あのぐらい言ってやらないと響かなかったと思うし……キミの涙と怒りは、ちゃんと無駄にはならなかったよ」

 無駄にはならなかった?
 きょとんとして、顔をあげる。

「どういうこと?」
「やっと、見えたんだ」

 ルカは、機嫌良さそうな顔をしながら、教えてくれた。

「ずっと静かな湖面みたいに凪いでいたアイツの心に、やっと恋心が見えた」