お顔を赤くしながら、ぽつりぽつりと語るありさちゃんに、話を聞いているわたしまで、なんだか胸がそわそわとしてきて。顔まで、あつくなってきちゃった。

「二人は、本当に本当に、仲が良かったんだねぇ」

 ぽわぁんしながら感想をこぼしたら、ありさちゃんはうつむいた。

「だけど、俊はあの時『だから、僕はありさの魔法使いになるね』って言っていた」
「魔法使い……?」

 それって、舞踏会に行けなくて泣いていたシンデレラに、素敵な魔法をかけて変身させてくれる、あの魔法使い?
 たしかに魔法使いも素敵だけれど……話の流れ的に、ここは水谷くんが王子さまになるところじゃないの?
 首をかしげたわたしに、ありさちゃんは思いつめているように眉根を寄せた。

「あの時は、僕のお姫さまだって言ってもらえたことに舞い上がっていて、気にならなかったんだけど……。もしかしたら、あの頃から俊は、あたしのことを手のかかる妹ぐらいにしか思っていなかったのかも」

 しゅんとするありさちゃんは、耳があったら垂れ下がっていそうなぐらいに元気がない。わたしも眉尻が垂れさがっていく。

「それにね、さっきも言ったけど……あたしは、俊にサイテーなことをしたんだ。俊は優しいから、あたしのこと責めなかったけど……本当は、もうあわせる顔もないぐらいなの。幼馴染失格だ」

 再び、ありさちゃんの宝石みたいな瞳に、じわじわと涙がたまっていく。

「幼馴染失格って……。ありさちゃんの考えすぎなんじゃないの?」
「ううん、違う! だって、俊は……あたしのせいで自分の将来を棒にふったんだ」

 ありさちゃんの切羽つまったような声が、踊り場に小さく反響する。
 自分の将来を棒にふった?
 言葉の重みが、ずしりと胸にのしかかってくる。

「……本当はね、俊は、もっともっと頭の良い中学にいけたの。だって、あの明燐(めいりん)中から特待生枠の推薦がきてたんだもん」
「うそ!? 明燐中って、あの!?」

 明燐中といえば、有名も有名。
 全国でもトップクラスの超エリート私立学校だ。
 もしも明燐中に入学していたら、ご近所中から『大神さん家の娘って、明燐中に通っているらしいわよ!』って地元の有名人になるような……!
 そんな雲の上どころか宙の上の中学から、推薦がきちゃうなんて!
 水谷くん、すごすぎるよ!!
 だけど……明燐中といえば、たしか超エリート校というだけじゃなくて、もう一つ特徴があったような。

「俊に推薦がきた当時は、それこそ家族全員で大騒ぎのお祭り状態! だけど……あたしは素直に喜べなかった。それどころか、悲しくて悲しくて仕方がなかったの。明燐中は全寮制だから」

 全寮制!
 そうだ、思い出した。
 明燐中といえば、中高一貫の全寮制!
 入学したら、放課後のスケジュールも厳しく管理されて、勉強に捧げる学生時代になること必至。長期の休み以外では、中々帰ってこられないって聞いたこともある。

「あたしは……俊と離れちゃうのが怖かったんだ。違う学校になるだけだったら、まだガマンできたと思うんだけど……。今までずーっと一緒にいたのに、突然、そんなに長い間離れ離れになるのは、どうしても耐えられないと思っちゃって……。だから、『行かないで』って泣いちゃったの」

 そうしたら、水谷くんは、ありさちゃんの大つぶの涙を指でそっとぬぐってくれたんだって。

『泣かないで。ありさが望まないことは、僕も望まないよ』

「……それから、俊は、あっさり推薦を蹴っちゃった。それを聞いた時は、俊と同じ中学に行けるんだって嬉しくて嬉しくて、泣いちゃいそうだった。だけど……今でも、考えるの。俊は、本当は、明燐中に行きたかったんじゃないかって。あたしが、俊の輝かしい未来を、奪ったんじゃないかって」

 暗い顔でうなだれたありさちゃんに、胸の奥がヒヤリとした。

「俊はね、呆れちゃうほど、やさしいの。俊なら、平気な顔をしながら、自分の気持ちだって犠牲にしちゃうんじゃないかって思うぐらいに。俊は、たぶんあたしのせいで推薦を蹴ったのに……それで困惑していたママやパパには、絶対に本当の理由を話さなかった。『僕のやりたいことは、明燐ではできないから』って、全部、自分で背負いこんじゃったんだ」

 それが、スーパーエリート校にだって通える実力があった水谷くんが星宮中に来た真相だったんだ。

「それでも、同じ中学に通えることは嬉しかったんだけど、『中学に入ったら距離を取ろう』って宣言されて……」
「ええっ! そうだったの!?」
「うん……。だから、折角、同じクラスになれたのに、全く話せなくて。本当は、今すぐにでも仲直りしたいのに、最近は、なんだか魚住さんって子とやたら仲が良いし、胸がもやもやとした気持ちでいっぱいになっちゃって……」
「そう、だったんだ」

 ありさちゃんは、授業中に筆箱を落としちゃった時のことも、ぽろぽろと泣きながら語った。

「あの時ね、俊がとっさに助けようとしてくれたの、本当は、すごくすごく嬉しかった。けど……やさしくされるのも、怖かったの。俊は、やさしいからあたしのことを助けてくれるけど、ただ、それだけなのかもしれないって思ったら、今度は、どうしていいのか分かんなくなっちゃって」

 あの時、ありさちゃんの口から飛び出た、目の裏がチカチカするような激しい言葉には、それだけの思いがこもっていたんだ。

「……俊は、あたしのこと、恨んでるかもしれない。あたしさえいなければ、明燐にいけたのにって。あたしが、バカで、泣き虫で、俊に頼ってばかりだったから、愛想をつかしたんだよ」
「でもっ。それって、本人から直接聞いたわけじゃないんでしょ?」
「そう、だけど……ゼッタイそうだよ」
「人の気持ちを、勝手に決めつけちゃダメ! ちゃんと話しあわなきゃ、分からないこともあると思う」

 ありさちゃんが、恐々と顔をあげる。

「ありさちゃんが、ぐるぐると考えて落ちこんじゃう気持ちはとってもよく分かるよ。……だけど、ありさちゃんが、行かないでほしいって泣いたのは、本当にそんなに悪いことだったのかな?」
 わたしだって、ルカが神界に帰る時、本当の笑顔では見送れないと思う。
【奈々……】

 ごめんね、ルカ。
 ルカはいつか神界に帰らなきゃいけないって分かってるのに、わたし、自分勝手だ。

「好きな人と一緒にいたいって願う気持ち自体は悪くない。抱いちゃいけないものじゃないでしょ?」
「……そう、なのかな」

 ありさちゃんが、迷うように瞳を伏せた、その時。
 階下から、ドタバタと忙しない足音が!

「あーっ! ありさったら、こーんなところで部活をサボってたの!?」
「筋トレと発声練習、もう終わっちゃったよ! これから劇の練習ー!!」 

 演劇部の子たちだ!

「ごめん! すぐ行くーっ!」

 ありさちゃんはハンカチでゴシゴシと涙をぬぐうと、わたしに向きなおった。

「長々と愚痴っちゃって、ごめんね。たくさん聞いてくれて、ありがとう。あたし、もう行くね」

 その笑顔は、やっぱり、どこか無理しているように見えた。