「キミって、ホンットにバカだよねぇ。ボクとの会話に夢中になるあまり現実世界でボクへの愛を叫んだばかりか、そのせいで、図書資料室の整理なんていうクソめんどくさい雑用まで押しつけられるなんてさ」
「あ、愛なんて叫んでないんだけど!? 勝手にネツゾウしないでよ!」

 放課後になり、わたしとルカは図書資料室の整理に取り組んでいた。
 図書資料室っていうのは、その名の通り、図書室隣の資料置き場のこと。
 椎名先生からの『授業をろくに聞いていなかったイマシメ』だ。

「古臭いし、埃っぽいし、資料は重たいし、サイアクだよ……。なんで神さまであるこのボクまで、こんなに面倒なことを」

 ルカは口ではぶつくさと言いながらも、なんだかんだで、手伝ってくれている。
 てっきり、わたしのことなんて放置して、先に帰っちゃうかと思ったのに。
 ふふふ。やさしいところもあるんだなぁ。

「勘違いしないでくれる? キミはボクの召使いなのに、ほかの人間に使われるのはなんだかイライラするだけ」
「な、なるほど……?」
「はぁ……この作業、果てしなさすぎない? 終わる気がしないんだけど。ねぇ、ボクの力を使って、さっさと片づけても良いかな?」
「それはダメーっ! 明らかに今日一日で終わる量じゃないんだから、不思議に思われちゃうよ! 下手したら、ルカの正体まで疑われちゃう!」
「うーん。それはそれで、面倒だね」
「っていうかさ……いま気がついたんだけど、そんなに万能な力を持っているんだったら、もしかして、わたしがこき使われる必要もないんじゃないの?」
「そんなことはないよ。人間の身体でいる間は、だいぶ力が制限されているからね。ボクにできるのは、人の恋愛事情をのぞくこと。それ以外は、物を動かしたりだとか、ちょっとした地味な力しか使えない」
「じゃあ、少なくとも、部屋の片づけはできるんじゃ……」
「力を使うと疲れるから、毎日はやらないの! そもそも、召使いのキミに口ごたえをする権利はないよ」

 結局、地道に手作業で資料室の整理に励んでいた、その時。

「み、水谷くん!」

 !
 扉の向こうから聞こえてきたのは、いま注目の人物の名前。
 ルカと顔をみあわせて、図書室へとつながる扉へと近寄り、そうっとあける。
 すると――図書室のカウンターに座った水谷くんが、隣にいる三つ編みの女の子に話しかけられているところだった。

「ん? 魚住(うおずみ)さん、どうかした?」
「えと、その……。水谷くんが読んでいるのって、『シンデレラ』だよね?」
「あぁ、うん。ついさっき、そっちの童話コーナーで見かけて、懐かしくなったんだよね」
「そっかぁ。ふふっ、なーんか意外だなぁ」
「意外?」
「うん。天才の水谷くんのことだから、てっきり、私には理解もできないような難しい本を読むのかと思った。シンデレラかぁ、懐かしいね」
「天才っていうのは、大げさだよ。それに、シンデレラは、僕にとって特別な物語でもあるから」
「特別?」

 きょとんとする、三つ編さん。
 だけど、水谷くんはそれ以上のことは語らずに口をとざしてしまった。
 そんな彼に、慌てて、話しかけなおす彼女。

「み、水谷くん!」
「ん?」
「よかったらなんだけど、今度、勉強を教えてもらえないかな? そ、その……数学でつまづいているところがあって」
「うん、良いよ。今度とはいわず、今でもいいけれど」
「えっ! あっ。で、でも……折角なら、二人の時が良いなぁ」
「え、そうなの? 別に二人きりにならなくても、勉強に支障はないと思うけれど」

 …………。
 見てはいけないものを見ている気持ちになってきて、また、扉を閉めてしまった。
 心臓が、嫌な風に、ドクドクと波うっている。
 水谷くんの表情は相変わらずまったく読み取れなかったけど、一方の三つ編みさん――もとい、魚住さんは勇気をふりしぼって話しかけているように見えた。
 顔も、ほんのりと赤かったような気がするし。
 これって、もしかしなくても……。

「ふうん。あのビン底メガネってば、見かけによらずモテモテだね」
「や、やっぱり! あの子も、水谷くんに恋をしちゃっているの!?」
「そうみたい。まぁ、当のビン底メガネは、気づいていないようだけれど」

 そ、そんなぁ~!?
 くっつけるどころか、いきなりライバル出現なんて聞いてない!!
 でも、そっか。
 ありさちゃんの応援をするってことは、魚住さんの恋を邪魔するってことにもつながっちゃうんだ。
 ありさちゃんの想いと魚住さんの想いは、同じぐらい尊いはずのもので、優劣なんてないのに。
 わたしに、そんな勝手なことをする権利が、あるのかな。
 しゅんとうつむきかけたら、突然、ルカに鼻をつままれて息を吸えなくなった。
 むぎゃっ!?

「辛気臭い顔、似合わない」

 目前に迫った、不機嫌そうなルカの顔。
 長細い指が、わたしの鼻からパッと離れる。
 でも……。
 わたしがしようとしていることは、正しいのかな。
 一気に、自信がなくなっちゃった。
 水をかけられて鎮火した炎みたいにしゅーっとしおれていたら、ルカは、呆れたようにため息をついた。

「……この世の片想いしてる人、全員が両想いになんてなれないんだよ」
「……うん」

 分かっては、いるんだけどな。
 心が、追いついていかない。

「人間は、不合理で、厄介な生き物だよね。両想いになれる恋だけできれば良いのに、そうもいかないみたい」

 まるで、そういう人たちを何人も見てきたような口ぶりだ。
 ルカは、恋の神キューピットさまだもんね。
 誰かと誰かの恋を成就させるかたわらで、別の誰かが泣いているところを、目の当たりにしてきたのかもしれない。

「ねえ。鏡見ありさを幸せにしたい気持ちに、ウソはないんでしょ?」
「う、うん」
「それなら、割りきって」
「割りきる……」

 サファイアのような青い瞳に、不安そうに瞳を揺らしているわたしが映りこんでいる。

「鏡見ありさの恋を応援するということは、あの子の失恋に加担することと同義だという覚悟を持て、って言ったの。もっとも、ボクらが何もしなかったところで、二人のうちのどっちかは確実に失恋するんだけれど」

 わたしは……。
 ごくりと、つばをのみこんだ。
 ぐるぐると考えて考えて。
 出口の見えない暗闇の中をさまようような気持ち。
 だけど、それでも。

「……やっぱり、ありさちゃんの笑顔を見たいな」

 魚住さんには、とっても申し訳ないけれど。
 ありさちゃんは、もう、わたしの大切な友達だから。
 ごめんね、魚住さん。
 一度も話したことのない魚住さんとは、やっぱり、同列に考えられない。
 ぎゅっと拳を握って、もう一度、ルカの瞳を見つめる。

「わたしは……わたしの勝手で、ありさちゃんをヒイキする!」

 ルカは、ふっと口元をほころばせた。

「良い顔してる。覚悟を、持ったんだね」