《第2部》

第1章
「この前はごめんね」
あたしがこう言うと知基本くんは、いえいえ、とお砂糖とミルク入りのコーヒーを啜った。

私たちは大学の近くのカフェに来ていた。深くしずむソファに、ジャズの音楽、大きなマグカップのコーヒーが、私たちの“色々疲れた”を優しく抱きとめていた。

「べつに奢りじゃなくて、いいですよ」と知基くん。
「出させて?ポテトもたべる?」あたしは、知基くんをつい、子供扱いした。知基くんは、むすっとした顔で、いいです、と言った。

「で、話しくらいは聞かせてくれますか?」

あたしは戸惑ったが、知基くんのひょうひょうとした様子や、何を見ても驚かない様子に、甘えたい気持ちになった。

「慧さんとは、ネットで知り合ったの」

「へえ、それで?」

私は知基くんを前にして、0から10まで全て話せそうだ、と感じた。

「高校生のときに、友達がいなくて、最初はね、ネットでやりとりしてて、依存した」

「それで」

「会おうってなった日に、人気のない公園に連れて行かれて、その……」

「やられたんすか?」

「そこから、その、私は彼の奴隷になって、怖いこといっぱいされてて、別れたけど、家まで来て……それで」

あたしは、涙を流すこともできなかった。平然としている自分自身に理解ができなかった。

「真子さんは、ご自分のことが、価値のない人間だと思いますか?」

「思う……」

「ですね。そう思ってなかったら、最初に会った時に逃げ出してますね」

「うん」

話がひとつ終わると、黄色い声がなんとなく耳に入ってきた。

「ていうかさ〜草」
「キモすぎるんですけど〜」
窓側の席を見ると、大学で一緒の林さんがたまたまいて、ほかの友達といっしょに手をたたきながらバカ笑いをしている。ぽかんとその様子を見ていたら、林さんは席を立って楽しそうにずかずかとこちらへ来るではないか。

「わ、わたしトイレ!」
「え?」
私は急いでカバンを引っ提げてお会計を済ませて、店をあとにした。