梅雨に儚く散る私

―― 6月

(みどり)、今日も雨だから傘もっていきなね」

「はーい。」

今日から梅雨に入る。外を見ると、雨粒が音を立てて地面とぶつかり合っているのがわかる。私は雨が好きだ。でも、雨の日に外に出たいとは思わない。ただ眺めて、そしてその音を静かに感じていたい。そんなことを考えているうちに、家を出なければならない時間になってしまった。
今日も私は朝ごはんを食べ終わると、急いで家を出る。私はいつもギリギリの時間に起きて、遅刻ギリギリで学校に着く。これは私の性格上の問題で、自分の身なりを気にしている時間があれば、その分寝ていたいと思ってしまう。
外にはたくさんの音が鳴っている。例えば鳥が鳴く音、車や自転車が走る音。色々な音が混ざりあっている。でも、私はこの音達が大好きだ。あと雨の音も好き。雨の音が沢山鳴る梅雨は大好き。雨の音は日によって音が変わるから、聞いていて全く飽きない。

「...ません。」

「すみません。あの、ハンカチ落としましたよ」

後ろの声にびっくりしながら振り返る。

「すみません、ありがとうございます」

「気をつけてね」

そう言って彼は走ってどこかへ行ってしまった。お礼がしたかったけど、ただハンカチを拾ってもらっただけで連絡先を聞くなんておかしいよね。そんなことを考えているうちに学校に着いた。

みんなの声が教室から聞こえてくる。ザワザワと音がしている。私はこの音が大嫌いだ。悪口を言って笑っているあの子、喧嘩をしているあの子、ギャハギャハと騒いでいるあの子。そんな音が入り交じった空間。私はこの空間にいることが、とても窮屈で仕方がなかった。


「皆さん、座ってください」

先生がみんなに声をかける。勿論1回では聞いてくれない。先生は2回目の声をかける。

「皆さん!座ってください!!」

言い方が少しきつくなっているのがわかる。みんなはビクッとして席に着いた。
みんな席に着いたあと先生はニコニコしながらこういった。

「新しい先生が来ました」

この時期に新しい先生、私は不思議に思った。この時期に新しく来る先生なんて今までいなかったから。

教室のドアがガラガラと音を立てて開く。スタスタと音を立てて歩く新しい先生。教団の前に立って話始める。

「新しくこの学校に来ました。雨宮(あまみや)と言います」

私は思わず目を見開いた。こんな漫画みたいな出来事を体験したのは初めて。新しく来た先生とは朝ハンカチを拾ってくれた人だった。
先生は私に気づくとニコニコと笑った。先生は私がこの学校の生徒だと知っていたのだろう。制服を着ていたから分からない方がおかしいけど⋯。

休み時間。先生は私の方へ視線を向け、手に持っていた書類を机の上に置いたと思えば、急に私の方へ近づいてきた。そして目線が合うように私の机の前でしゃがむ。

「朝あったよね。こんにちは」

「⋯会いましたね、こんにちは」

私は先生に素っ気ない返事をする。所詮、この空間の中では先生も音のひとつ。先生の音も私の嫌いな雑音のひとつだと思っていた。

「先生ね、雨大好きなんだ。君は雨が似合う女の子だね」

先生はそう言って私の目を見る。なぜだか急に私の鼓動が早くなるのがわかる。時が止まったかのように私は先生を見つめる。
音⋯。先生の音はとても綺麗だった。ほかのみんなと何一つ変わらないように思えても、私にとって先生の音は綺麗に思えた。

キーンコーンカーンコーン

チャイムがなると先生は、またねと言って教壇に戻って行った。

その日の放課後。私は先生のあの一言が気になって仕方なかったので、家に帰る前に先生と話すことにした。教室のドアからみんなを見送っている先生に私は勇気をだして話しかけた。

「先生、ちょっとだけ時間ありますか?」

「あるけど、どうしたの?」

「聞きたいことがあって」

「いいよ、教室の中ではなそっか」

先生は快く了承してくれた。ホッとしたのもつかの間、先生はそそくさと席へ座って、私を手招きするかのような仕草を見せる。
私は先生の手招きにつられて1度でた教室に戻る。今までは嫌な空間だったけど、先生のおかげで少し好きになれた気がした。
また鼓動が早くなる。この時の私は鼓動が早くなる理由がわからなかった。

「先生。雨が似合うってどういうことですか」

「あぁ、そのこと。そのまんまの意味だよ。君には雨が似合うね」

「そのまんま...」

意味があまり分からなかったので、俯いて少し考える。すると先生は慌てたように言う。

「あ!いい意味だよ?なんだろう、普通雨って嫌いな人が多いでしょ?でも、君はなんだか雨が嫌いじゃなさそうだったし」

「そ、そうですか」

私はまた、俯いて相槌をする。別に照れることなんか何も無いのに咄嗟に顔を下に向けてしまった。まただ、鼓動が早くなる。顔が熱い、なんでだろう。

「雨、いいよね」

先生はそう言いながら悲しそうに窓の外を見つめる。

「先生、なんで――」

私は言いかけた言葉を飲み込んだ。先生が泣いているように見えたから。
先生は私の方を見る。涙は出ていなかった。さっきの顔が嘘みたい、先生は笑顔でこういった。

「君は本当に雨が似合うね」

「...みじゃないです」

「ん?」

「君...じゃないです、春野緑です」

「ごめんね緑ちゃん」

ドキッとする。下の名前を呼ばれたのは初めてでは無い。でも、先生に呼ばれるとなんだか心が落ち着かない。

「下の名前で呼ぶんですね」

「嫌だった?嫌なら上の名前で――」

「下の名前でいいです」

「そう?なら良かった」

先生は柔らかい笑顔を見せる。その瞬間落ちた音がした。

恋に落ちた音が――。

次の日の放課後。私は先生に思いきって聞いてみた。

「先生、好きな人いるんですか」

「うーん、いるって言っておこうかな」

「彼女いますか?」

「いないよ、多分僕の片思いだしね」

そう言って先生はまたあの顔で笑う。
あぁ、私はどうしようもなく先生の虜になってしまったようだ。先生を見つめる度に鼓動が早くなるのがわかる。私は片思いというワードが気になって早速先生に聞いてみた。

「先生、片思いなんですね。どんな人ですか?」

「一言で言うと、青色かな」

「青色?」

「うん、青色」

「青色...」

少し、期待していたのだろうか。私は、雨が似合う子って言って欲しかった?自分でも分からないけど、気分が悪くなった。

「先生、なんで私のことは名前で呼んでるんですか?」

「名前で呼んで欲しいんでしょ?それに呼びやすいからね」

「でも、他の子も呼んで欲しいって言ってたんじゃないんですか?」

「それは⋯。僕の気分だよ」

受け答えはしっかりしてくれるけど、どこか柔らかい言葉たち。先生の低くておっとりとした声。気づけば私から先生に話しかけることが多くなってい
そして私たちは少しづつ仲良くなっていった。