彼は私の耳に息を吹きかけるようにして言った。
「秘密にしてね 三上さん」
頭の中が真っ白で何も考えられなかった。
うるさいくらいに雨が降る音も今は全く聞こえない。
いつも明るい朝比奈くんからは、悲しいような雨の匂いがした。
耳の辺りがくすぐったくて、そこを抑える。
私の手からするりと手帳が取られて、彼はいつのまにかこの部屋の向こうにいた。
身体中から力が抜けた。
いつのまにか膝をついて座っている。
上手く考えられない。
変な感じ。
「三上 鍵取ってき、、、、」
入ってきた先生も驚いて言葉を失った。
「朝比奈か?」
さっき出ていった朝比奈くんとすれ違ったのだろう。
一瞬、嘘がバレた時のような罪悪感がのしかかる。
ここでのことは秘密だと約束したんだから、そうするしかない。
「私は、大丈夫です。もう帰ります」
嘘がつけない私は結局そんな言葉でここを離れた。
先生は何も問い詰めなかった。
あの時の出来事が忘れられない。
あの時の雨の匂いが忘れられない。
また、朝比奈くんに声をかけられたその日も雨だった。
「三上さんは、どこまで見たの?」
教室に二人きり。
今日は自習室が閉まっていて、ここで勉強することにしたのだ。
彼は教室の窓側の席に座る私の前に腰を下ろす。
また、雨の匂い。
不思議な感覚。



