「フィッシェル、ほんとにありがとう」
「いいえ、あなたが無事でよかった」

 すっかり回復したフィッシェルとマリーは、無事の再会を喜び合っていた。
 すると、マリーがそういえばといった様子で人差し指を頬にあてて、斜め上を見ながら言う。

「お兄様が植物園で待ってるって言ってたわ」
「レイ様が……?」

 その言葉を聞いてフィッシェルはマリーに別れを告げて植物園へと向かおうとしたところで、マリーが声をかける。

「そうそう、フィッシェルを婚約破棄したあいつ、ジュリア様に振られたらしいわよ」
「え?」
「なんか勝手に自分のことが好きなんだーとか思い込んでジュリア様に告白して、それで鼻で笑われたらしいわ」

 フィッシェルはもう気持ちも冷めた元婚約者の行く末を聞いて、そっかとしか思わなかった。
 自分でも不思議に思ったが、もう心も痛まないし、傷つかない。
 ただの他人だ、としか思わなくなっていた。

 実際にはこの後、レイが学園に乗り込んでハエルの胸倉をつかんでフィッシェルに土下座させたのだが、それは後日のお話──



 そんな元婚約者の話を聞いた後で急ぎめに植物園に入ると、植木鉢に小さな淡いピンクの花を咲かせているのをしゃがんで覗き込んでいるレイの姿が目に入った。

「レイ様?」
「フィッシェル」

 彼はフィッシェルの訪問を笑顔で迎えると、再び目の前に咲いている淡いピンクの花に目を遣ってその花びらを愛おしそうになでる。

「これは一年に一度しか咲かないと言われている幻の花なんだ」
「そうなんですか?」
「ああ、それが今朝咲いた」

 ゆっくりとフィッシェルは花を愛でる彼に近づいていくと、彼はその気配を感じて立ち上がる。
 身長差がかなりある二人であるので、必然的にフィッシェルが見上げる形になった。

「マリーを助けてくれてありがとう」
「いいえ、私は何も。魔物を倒したのはレイ様です」
「いや、フィッシェルがいなかったら僕は制御ピアスを取って戦っていた。もしかしたら、マリーを救うこともできなかったかもしれない」

 フィッシェルの脳内にマリーを救えなかった時の惨劇の様子が思い浮かぶ。
 ふるふるとその悲劇を振り払うようにして、フィッシェルは頭を振ってそして彼を見る。

「フィッシェル」
「はい」

 少しの沈黙の後に、その言葉は紡がれた。

「僕は君が好きだ。僕の婚約者になってほしい」

 フィッシェルはその言葉をゆっくりと噛みしめ、そして目を閉じて考える。
 もう彼に悲しい思いをさせるのはまっぴら。

(だから……)

 フィッシェルは彼の手を取って、そして笑顔で言った。

「私も、レイ様のお傍にいたいです」


(今は彼に見合う魔力もないし、立派な女性でもないけれど、勉強して強くなって、彼を支えられるようになりたい)

 そんな風に思うフィッシェルは、彼に「頑張りますので、よろしくお願いします!」と伝えようとしたが、伝えられなかった。
 彼女の唇はもう、彼に塞がれてしまっていた──


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