ふと目を開けると、目の前には変わらずレイがいた。
 でも、何か様子が違う。

 先ほどまでの虚ろな目の彼ではなく、そう、植物園で久々に会った時のような美しい目をしている。

「どうしたんだい、フィッシェル」
「……え?」

 よくまわりを見渡すと、そこは確かにヴェルン家の植物園で自分の服装も目の前にいる彼の服装もあの日のもの。
 そう、マリーが死んだあの日の……。

「もしかして、やっぱり驚かせたかな? 僕がいきなり好きなんて言うから」
「え? あの、その、え? 好き?」

 あの時と同じ景色、同じセリフ、同じ状況……。
 その様子にフィッシェルは頭をフル回転させて、そして彼女はレイの手を掴んで走り出した。

「フィッシェル?!」
「マリーが危ないんですっ! 急いでください!!!」

 自分には何もできないかもしれない、けれども今ならまだ間に合うかもしれない。
 彼の人生を狂わせて、そして歪ませてしまった原因であるマリーの死を回避して助けられるかもしれない。
 走りながら自分の置かれた状況を整理しつつも、もう頭の中はマリーの命を救うこと、そしてレイの心を救うことで一杯になっていた。

 森の入り口に差し掛かった瞬間に案の定、魔物の気配を感じて二人は一気に身体をこわばらせる。
 視線の先にはマリーの馬車の奥の方に魔物が勢いよく向かってきており、馬は必死に御者の命に従い、そして命の危機を感じて息を切らせながら駆けている。

「レイ様、ここは私が防御魔法で馬車を守りますので魔物をお願いできますかっ?!」
「でも、フィッシェル、君は魔力が……」
「少ないかもしれませんは、ここで親友を見逃せるほど落ちぶれてはいませんっ!!」
「わかった、頼んだ」

 防御魔法は上位魔法であり、フィッシェルの魔力では発動はできてもすぐに魔力が尽きてしまい、最悪の場合生命力を犠牲にすることもある。
 しかし、フィッシェルの中で今できることをしない理由はなかった。

(もう死なせないっ! マリーも、そしてレイ様も救いたいっ!! あんな苦しそうに私にすがるレイ様を見たくないっ!!!)

 フィッシェルが教科書でしか習ったことのない発動呪文を唱えると、彼女の周りにあたたかく、そして白く輝く魔法陣が現れる。

「フィッシェル……まさか……?」

 高等魔術も使える一級魔術師であるレイは、瞬時に気づいてしまった。
 そう、彼女こそ数百年に一度現れる防御に特化した魔術師である『守護の女神』であると──

 そんなこととはつゆ知らずに魔法陣を馬車へ向けて放ち、両手で自身の魔力を最大限込めるフィッシェル。

「お願い、マリーを守ってっ!!」

 レイは魔法陣の発動を確認すると、すぐさま冷気をふうっと魔物へと吐き出す。
 冷気は魔物にまとわりつき、そしてその足を段々鈍らせて動けなくさせる。
 間髪入れずに氷柱をつくり上げると、そのまま魔物へと解き放って、攻撃をした。

「ぐあああああああああああああーーーー」

 魔物はものすごい勢いで倒れ、そして断末魔を上げて動かなくなっていく。
 瘴気のような禍々しい煙が一瞬ふくれあがり、そしてそのまま消えていった。

「レイ様……」
「フィッシェルっ!!」

 フィッシェルは慣れない防御魔法を使って魔力が尽き、そのまま彼の腕に倒れ込む。

「フィッシェルっ! お兄様っ!!」

 マリーが傷一つない様子で馬車から降りて二人に駆け寄るが、もうフィッシェルは意識を手放していた──