魚雷を数発どてっ腹に喰らった輸送船は三分もしないうちに海中へ没した。他の兵隊と同じくロボット少年兵も海に投げ出されたが、踵のプロペラをフル回転させて巨大な渦から逃げ切った。彼の幸運は続く。バッテリーが切れる前に陸地へたどり着いたのだ。そこは珊瑚礁の真ん中にある無人島だった。頭の太陽光パネルで発電するためビーチで日向ぼっこしつつ、体内の通信機から救難信号を出す。だが、救援が来る可能性は低い。ロボット少年兵なんて消耗品だ。そんな物のために、敵がうようよいる戦域へ助けに来る奴はいない。
部品を長持ちさせるためレーダーの活動を抑えてボケっとしていたら後ろを取られた。
「そこの君、動かないで」
恐る恐る振り返ると敵軍のサイボーグ少女がいた。彼女の手には拳銃が握られている。ロボット少年兵の装甲は分厚いが、この距離で撃たれたら、どうなるか分からない。撃たれた胸に穴が開くか試す気になれなかったので、彼は降参した。
「君以外の兵隊はいる?」
正直にいないと答える。サイボーグ少女はボロボロの軍服の胸元からケーブルの端子を出した。
「規格は君と同じだから、充電できると思う。つなげて。もしもケーブルから私に何かのプログラムを入れようとしたら、撃つからね」
サイボーグ少女からケーブルの端子を受け取ったロボット少年兵は自分の後頭部にある接続口につないだ。その途端、サイボーグ少女は深い溜め息を吐いた。
「ああ、生き返った気分。ねえ、君の名前は?」
ロボット少年兵に名前はない。認識番号が名前の代わりだ。住所の代わりは所属する部隊名だ。どちらも機密事項に属するので敵に教えられない。ただし、緊急時は別だ。教えない腹いせに撃たれてはたまらないので認識番号のみ伝える。
「わたしは、グループ名はジス、地区名はアカン、系統はパアガス、階級はプリム0430で、皆からはジス・アカン・パアガス・プリム0430と呼ばれてる。でも、それだと長いから普段はプリムだけどね」
良く喋る奴だとロボット少年兵は思った。自分のことを捕虜にペラペラ話さなくても良さそうなものなのに。そんな疑問を口にすると、サイボーグ少女は最新情報を教えてくれた。
「体内通信機に連絡が入ったの。明日の正午で停戦だってさ」
意味が分からず固まるロボット少年兵にサイボーグ少女は補足説明した。
「わたしと君は、もうすぐ敵じゃなくなるの。どうせ救援が来るのは先になるんだから、仲良くしといた方がいいでしょ」
サイボーグ少女は自分の事情を話した。彼女は偵察機のパイロットだった。飛行中に偵察機が故障し、この島へ不時着した。救難信号を出したが迎えは現れず――これはロボット少年兵と同じだった――無人島を彷徨っていたら、停戦の連絡が入った。
「もう休戦交渉が始まっているって。わたしたち、もう戦わなくていいんだよ」
それなら拳銃を突きつけなくてもいいだろうとロボット少年兵は言った。サイボーグ少女は答えた。
「それとこれとは話が別。君が何もしないってわかるまで、こうする」
何もしないと口で言うだけでは信頼は得られない。ロボット少年兵はサイボーグ少女が満足するまで充電させ、島の内陸に不時着した偵察機から使えそうな機材を回収し、野営のための簡易住居を作って、どうにか信用されるようになった。少しだけだが。
それでも、しばらく二人で過ごすうちに信頼度は増した。拳銃を突きつけなくなった。そして距離を置かないようになった。ケーブルを長く出すと巻き取るのが面倒とのことで、ロボット少年兵の隣で寝ることもある。その寝息が気になり、ロボット少年兵は寝不足が続いている。
その日は体を近付けてきた。水平線上に救援の船が現れないか浜辺で見張るロボット少年兵の隣に座り、かなり顔を寄せてサイボーグ少女が尋ねる。
「君の通信機に連絡は来た?」
自分の体内通信機は故障しているようだ、とロボット少年兵は答えた。答えつつ、サイボーグ少女から顔を離す。その開いた距離を詰めて、彼女は言った。
「わたしのとこには来たよ。休戦が成立したって。両国間で戦争終結の条約が結ばれるんだって。もうわたしたち、完全に敵じゃなくなったのよ!」
それは素晴らしい! ところで、もう少し離れてくれないか? とロボット少年兵はお願いした。
「どうしてよ?」
自分の心理回路は十代前半の少年に設定されている。初心なので異性と接近すると落ち着かなくなる……と伝えたら爆笑された。不機嫌になると、サイボーグ少女が急にしおらしくなり、謝ってきた。
「からかってごめんね。あたしのところに連絡が入ったの。戦時体制から平和的生産体制へ直ちに移行せよ、だって。ベビーブームを巻き起こせ、だってさ! だっさ、笑っちゃうよね」
笑っちゃうと言っているわりに、サイボーグ少女は笑っていない。真剣な顔でロボット少年兵を見つめる。ロボット少年兵は落ち着かない。目を逸らす。その顔を両手で包み、サイボーグ少女は自分へ向けさせた。
「恋って、したことある?」
急な展開にロボット少年兵は驚いた。脳内マニュアルに『初恋のはじめかた』のページがあるので、それを開いて勉強しようと思ったが、いきなり本試が始まった。教師にして試験官のサイボーグ少女は及第点を出した。
「初めてにしては、良かったよ」
二人は並んで海を眺めた。かつては青かった珊瑚礁の海は地表を汚した生物化学兵器の残滓が大量に流れ込んだため、真っ赤に染まっている。夕陽が沈む頃になると、もはや見ているのが目の毒になるほど赤くなった。浜辺に座る二人の顔も赤い。やがて日は沈み、恋人たちの姿は闇に溶けた。
部品を長持ちさせるためレーダーの活動を抑えてボケっとしていたら後ろを取られた。
「そこの君、動かないで」
恐る恐る振り返ると敵軍のサイボーグ少女がいた。彼女の手には拳銃が握られている。ロボット少年兵の装甲は分厚いが、この距離で撃たれたら、どうなるか分からない。撃たれた胸に穴が開くか試す気になれなかったので、彼は降参した。
「君以外の兵隊はいる?」
正直にいないと答える。サイボーグ少女はボロボロの軍服の胸元からケーブルの端子を出した。
「規格は君と同じだから、充電できると思う。つなげて。もしもケーブルから私に何かのプログラムを入れようとしたら、撃つからね」
サイボーグ少女からケーブルの端子を受け取ったロボット少年兵は自分の後頭部にある接続口につないだ。その途端、サイボーグ少女は深い溜め息を吐いた。
「ああ、生き返った気分。ねえ、君の名前は?」
ロボット少年兵に名前はない。認識番号が名前の代わりだ。住所の代わりは所属する部隊名だ。どちらも機密事項に属するので敵に教えられない。ただし、緊急時は別だ。教えない腹いせに撃たれてはたまらないので認識番号のみ伝える。
「わたしは、グループ名はジス、地区名はアカン、系統はパアガス、階級はプリム0430で、皆からはジス・アカン・パアガス・プリム0430と呼ばれてる。でも、それだと長いから普段はプリムだけどね」
良く喋る奴だとロボット少年兵は思った。自分のことを捕虜にペラペラ話さなくても良さそうなものなのに。そんな疑問を口にすると、サイボーグ少女は最新情報を教えてくれた。
「体内通信機に連絡が入ったの。明日の正午で停戦だってさ」
意味が分からず固まるロボット少年兵にサイボーグ少女は補足説明した。
「わたしと君は、もうすぐ敵じゃなくなるの。どうせ救援が来るのは先になるんだから、仲良くしといた方がいいでしょ」
サイボーグ少女は自分の事情を話した。彼女は偵察機のパイロットだった。飛行中に偵察機が故障し、この島へ不時着した。救難信号を出したが迎えは現れず――これはロボット少年兵と同じだった――無人島を彷徨っていたら、停戦の連絡が入った。
「もう休戦交渉が始まっているって。わたしたち、もう戦わなくていいんだよ」
それなら拳銃を突きつけなくてもいいだろうとロボット少年兵は言った。サイボーグ少女は答えた。
「それとこれとは話が別。君が何もしないってわかるまで、こうする」
何もしないと口で言うだけでは信頼は得られない。ロボット少年兵はサイボーグ少女が満足するまで充電させ、島の内陸に不時着した偵察機から使えそうな機材を回収し、野営のための簡易住居を作って、どうにか信用されるようになった。少しだけだが。
それでも、しばらく二人で過ごすうちに信頼度は増した。拳銃を突きつけなくなった。そして距離を置かないようになった。ケーブルを長く出すと巻き取るのが面倒とのことで、ロボット少年兵の隣で寝ることもある。その寝息が気になり、ロボット少年兵は寝不足が続いている。
その日は体を近付けてきた。水平線上に救援の船が現れないか浜辺で見張るロボット少年兵の隣に座り、かなり顔を寄せてサイボーグ少女が尋ねる。
「君の通信機に連絡は来た?」
自分の体内通信機は故障しているようだ、とロボット少年兵は答えた。答えつつ、サイボーグ少女から顔を離す。その開いた距離を詰めて、彼女は言った。
「わたしのとこには来たよ。休戦が成立したって。両国間で戦争終結の条約が結ばれるんだって。もうわたしたち、完全に敵じゃなくなったのよ!」
それは素晴らしい! ところで、もう少し離れてくれないか? とロボット少年兵はお願いした。
「どうしてよ?」
自分の心理回路は十代前半の少年に設定されている。初心なので異性と接近すると落ち着かなくなる……と伝えたら爆笑された。不機嫌になると、サイボーグ少女が急にしおらしくなり、謝ってきた。
「からかってごめんね。あたしのところに連絡が入ったの。戦時体制から平和的生産体制へ直ちに移行せよ、だって。ベビーブームを巻き起こせ、だってさ! だっさ、笑っちゃうよね」
笑っちゃうと言っているわりに、サイボーグ少女は笑っていない。真剣な顔でロボット少年兵を見つめる。ロボット少年兵は落ち着かない。目を逸らす。その顔を両手で包み、サイボーグ少女は自分へ向けさせた。
「恋って、したことある?」
急な展開にロボット少年兵は驚いた。脳内マニュアルに『初恋のはじめかた』のページがあるので、それを開いて勉強しようと思ったが、いきなり本試が始まった。教師にして試験官のサイボーグ少女は及第点を出した。
「初めてにしては、良かったよ」
二人は並んで海を眺めた。かつては青かった珊瑚礁の海は地表を汚した生物化学兵器の残滓が大量に流れ込んだため、真っ赤に染まっている。夕陽が沈む頃になると、もはや見ているのが目の毒になるほど赤くなった。浜辺に座る二人の顔も赤い。やがて日は沈み、恋人たちの姿は闇に溶けた。



