約1週間の船旅は退屈だったのを除けば順調に進み、遠くの方に島が見えてきた。
 ミューグランド共和国は、大きな一つの島国だ。
 純粋な『人』だけでなく、様々な特徴をもつ亜人が住む多種族国家で、自然豊かな国だとニーナたちが言っていた。
 温暖な気候で、1年を通して温かく、山間部でもなければ雪はあまり降らないらしい。

(寒いのは苦手だから、むしろありがたい)
 
 まだ遠くに見える陸地へ思いを馳せる。
 前世込みで、生まれた国以外の土地へ足を踏み入れるのは初めてのことだ。
 ワクワクするなという方が無理な話だった。
 あと数時間もすれば港に着く。

「ジルコさん!初海外です!初移住です!
 これでもう王家とか神殿とか、人の目気にすることなく過ごせます」

 ミューグランド共和国はプレシアス王国とは積極的に交流を持っているわけではない。
 民間の間では取引はあるようだが、国の間では深い関わり合いはなかった。
 神殿もこちらの国々に進出しておらず、影響力は皆無だ。
 
「そうだな。ミューグランドは魔力の高いやつが多いらしいし、アンタもそんな目立たないかもな」

 亜人は人より魔力や身体能力が高い。
 その『亜人』と『人』で成り立つ国だ。
 他種族との交流が深まれば、血が混じり、人々の魔力や身体能力も総じて高くなる。
 そのため、エリアーナのような魔力量の人も珍しいがいるそうだ。
 
 着港後、入国審査で冒険者証を掲示し、無事にミューグランド共和国へ降り立つことができた。
 港の雰囲気がノーガスとはまた違う。
 ノーガスがおしゃれなヨーロッパ風だとしたら、ここは活気あふれる東南アジア風だろうか。
 違うにおいに心が躍る。
 船の形も、人々の服装も、何もかもが違う。
 
 船着き場では荷物の出し入れが行われていた。
 でも馬車は一台もいない。
 その代わりに、前世の市場で見かけた『ターレー』のような乗り物が使われていた。
 大きいターレーの後ろに、荷物や人が乗っている。
 後ろに荷台をいくつもつなげて、列車のような状態になっているものもあった。
 タイヤはなく、シラディクス山の魔導貨車のように少し宙に浮いたまま進むようだ。
 
 街中では、犬ぞりの『ソリ』のようなものに乗る人を大勢見かけた。
 でも犬や動物が引いているわけではない。
 ターレー同様、少し浮いた状態で進んでいた。
 一人で乗る姿が多いが、二人乗りのソリもあるようだ。
 前に一人座り、もう一人はその後ろに立つという乗り方で二人乗りをしている。

「おい、周り見ながら進んだら危ないだろ」

 よそ見をしていて、ソリとぶつかりそうになった。
 ジルコが腕を引いてくれなかったら危なかっただろう。

「すみません!ノーガスの図書館でこの国の情報は
 そこそこ仕入れたんですが
 実物見て、興奮してしまいました」

 ちなみに、ターレーのような乗り物の名前は『ターレー』だし、ソリは『ソリ』だった。
 絶対、前世の自分と同じ世界の知識を持つ人が作った魔導具だ。
 名前を考えるのが億劫だったのかもしれない。
 なんにせよ、どんなものなのか、ぜひ乗ってみたい。
 
「……まぁ、気になるのはわかる。
 やることが終わったら、見て回ろう。
 でもまずは、この国の冒険者ギルドで情報集めだ。
 キリア村までの道の情報も、確認しておきたいしな。
 今夜の宿もギルドで聞けば、すぐ見つかるだろう」

 相棒(ジルコ)が冷静でいてくれて本当に助かる。
 浮かれ気分を一旦落ち着かせ、黄金スマホで近くのギルドを検索した。
 何とこの黄金スマホに入っている地図は、プレシアス王国以外の国の情報も入っているのだ。
 ノーガスの書店で『全世界版』の道案内機能付き地図の値段を調べたら、金貨50枚なんてものではなかった。
 その十倍はした。
 余裕でした。
 前世で気軽に使っていた機能が、この世界では選ばれし金持ちしか使えないのだと、改めて実感する。
 黄金スマホと出会えた奇跡に、心から感謝だ。

「冒険者ギルドは、結構歩くみたいですね。
 せっかくですし『旅客ターレー』に乗ってみませんか?」

 辻馬車のような役割で、旅客ターレーというのがあるそうだ。
 これも、図書館で調べた。

「いいぞ。俺もさっきから興味あった」

 エリアーナのようにキョロキョロはしていなかったが、ジルコもターレーに興味深々のようだ。
 いつの世も、男子は乗り物が大好きなのかもしれない。

「では、図書館仕込みの旅客ターレーの呼び方を披露します!」

 読んだ本の通りに、手を上げ!
 その次に、口笛を吹く!

「フー!ふー!あれ? フゥゥゥ!!ん??」

 おかしい。
 空気しか出てこない。
 一生懸命、ふーふーしているのに、全然笛のような音が出やしないのだ。

「……アンタは一体、なにを吹き消そうとしてるんだ。
 やめろ!真顔で息を吹くな。
 真剣にやればやるほど、おかしなことになる!」

 ジルコが隠す素振りすらせず、こちらを見て爆笑している。
 こんなにフーフーしたのは、前世であっつあつのカレーうどんを食べようとしたとき以来だ。
 そして、前世でも口笛は一度も吹けたことがないことを思い出した。
 報われない努力をやめる。
 スーッと、目の前にターレーが停まった。

「口笛なくても、大丈夫なんですね……」

 本で読むのが全てではない。
 こうして、エリアーナは、ミューグランド共和国の旅客ターレーの乗り方を学んだのだった。