スマホ屋から道なりにまっすぐ進むと、広場に出た。
 中央に大きなケヤキの木がある。
 まだ春なのに紅葉しているので、何らかの魔法か魔導具が使われているのだろう。
 憩いの場らしく、長椅子がいくつもあった。
 歩き疲れたので、昼休憩を取ろうと広場の出店で『肉巻き串団子』なるものを購入。
 甘辛タレの絡んだ一口サイズの肉巻きおにぎりが、お団子のように串に刺さっていた。
 腹の虫との相談の結果、銀貨1枚で5本入りをお願いした。

「はいよ!5本入りはお茶のおまけ付きだよ。すぐ焼けるから、待っててね」

 そう言って、恰幅のいい女性店主がどう見ても『ペットボトル』な飲み物を先に渡してくれた。
 キンキンに冷えた茶色の液体が中に入っている。

「この世界にはペットボトルがあるんですか!?」

 カレーパン、スマホに続き、前世の世界を思わせるものがまたしても登場した。
 エリアーナの記憶の中に石油製品に関するものはない。
 庶民の間では普通に使われているのだろうか。

「ぺっと何とかはわからないけど、それは普通のウー茶だし、入れ物だって珍しくもないトーキビーでできてる簡易水筒じゃないか。
 ハハ、お嬢ちゃんアンタどこぞのお姫様かい」

 揶揄うように笑う女性店主に曖昧に笑み返し、肉巻き串団子を受け取ると、空いてる長椅子に座った。
 『トーキビー』が気になったがそれを調べる前に、腹を満たす。

 (やっぱ肉巻きおにぎり最高!これは豚肉かな?まぁ、美味しいから何でもいっか!)

 肉巻き串団子5本をあっという間に平らげ、手と口のベタベタを浄化魔法できれいにする。
 もらったお茶は『ウーロン茶』の味がした。

 (さて、ではスマホがどんなものなのか、じっくり見てみましょうか)

 さっきデンチに浄化魔法をかけたからか、スマホの表面もピカピカ、むしろギラギラ輝いていた。
 この世界にスマホケースがあるなら絶対に買おうとエリアーナは心に決める。

 (使い方は前世のスマホと同じだね)

 最初の画面に魔導本の一覧があって、それをタップすれば使いたい本が開く。
 図鑑は検索機能付きで、さっきの『トーキビー』のこともすぐ見つかった。
 動植物図鑑ではなく魔物(モンスター)図鑑にだが。
 
 【トーキビー】危険度★☆☆☆☆
 植物系魔物(モンスター)
 体長:30センチ 鳴き声:コーン
 危険を感じると勢い良く実を飛ばしてくる。繁殖力が強く日当たりの良い場所を好む。トーキビー樹脂は加工がしやすく安価なため一般庶民に広く普及している。日中は動かず討伐も容易なため、早朝のトーキビー狩りは子どもの小遣い稼ぎとして定番。夜の間に徘徊し仲間を増やす。

 写し絵(写真)を見る限り、どうみても黄色くておいしそうなトウモロコシだった。
 それが茎に実るのではなく、直接地面に突き刺さっている。
 肉巻き串団子屋の店主の口調から察するに、エリアーナが知らなかっただけで、トーキビー樹脂製品は当たり前に普及しているようだ。
 
 ((エリアーナ)一般常識なさ過ぎでは……)
 
 市井の常識があまりにわからなすぎて、浮かれていた気分が一気に沈む。
 この世界は『貴族の生活』と『庶民の生活』が全然別物だ。
 知識のないなか、一人でやっていくのは正直かなり不安だった。
 前世でも一人で暮らしたことはなく、働いた経験もない。
 何が最善かなんて、エリアーナにわかるわけないのだ。

 (街を出るのが優先事項?各領や主だった街の特徴は王太子妃教育で頭に叩き込まれたけど……どこが暮らしやすいか、仕事が見つけやすいか、なんて教わってないよー。とりあえず地図を見ていけそうなとこに行っちゃう?って、庶民の移動手段ってそもそもなに?歩き?馬車?聖女として討伐に行くときは転移魔法陣使ったけど、あれって宮廷魔道士10人くらい集まって動かしていたし、絶対一般的じゃないよね……)

 うーうー唸り声をあげながら考えても、わからないものはわからない。
 その様子に周りからどんどん人がいなくなっていたが、今のエリアーナはそれすら気づけないくらい頭を抱えているのだった。

 (あ、いるじゃん!本当のこと教えてくれる人。宿の受付のお姉さんに移動手段何があるか聞いてみよう!ここ(市場)への行き方ちゃんと教えてくれたし、他の街への行き方も教えてくれるはず)

 疲れた足に回復魔法をかけ、元気よく宿に向かう。
 余所見しなかった分、行きよりも早くついた。

 「おかえりなさいませ。お探しのものは見つかりましたか?」
 「はい!いいものが手に入りました。市場を教えてくれてありがとうございました」

 いいなんて表現じゃ足りないくらいオトクな買い物ができたのも、受付のお姉さんのおかげである。
 彼女のことが輝いていて見えた。

「ギルドへ行く前に聞きたいことがあって。
 王都から他の街へ行く場合は歩いていくのが普通ですかね?
 それとも何か乗り物が出てますか?」

 お姉さんは少し考える素振りをみせた。
 思考中の姿も素敵だ。
 
「たぶん、街道沿いを歩いて進む人が多いと思いますよ。
 道中不安なら冒険者ギルドで護衛を雇うこともできますし。
 お金に余裕があるなら、商人の馬車に乗せてもらうのが一番楽ですね。
 たしか商業ギルドで仲介をしていたと思います」
 
 お姉さんの後光がさらに明るさを増す。
 もう眩しいほどである。
 丁寧にお礼を言って、もう一度出かけた。

 (いくらスマホがあるとはいえ、こんな常識のない人間()がいきなりひとり旅は危険だよね。護衛を雇うか、商人の馬車に乗せてもらいたいな。ギルドで金額聞いて、今後どうするか決めよう)

 大通りに出てギルドに向かう乗り合い馬車を探す。
 ありがたいことにわかりやすい看板が立っていた。

『ギルド巡り乗り合い馬車のりば』

 程なく、大型の幌馬車がやってきた。
 馬車だけでなく、それを引く馬もとても大きい。
 心なしか目も光っているし、おそらく魔物なのだと思うが、エリアーナには何だかわからなかった。
 それにしばらく乗ると、まず着いたのは商業ギルドだった。
 まるで前世の世界の市役所のような外観で、中に入るとさらにその気持ちが強くなった。
 前世、母と何度か行ったことがあり、毎度待ち時間が長かったことを覚えている。
 受付番号が出る魔導具まで何だか前世を思い出させた。
 
 ……
 …………
 ………………

 ゲッソリした顔でエリアーナは商業ギルドの扉を内側から開けた。
 外に出て、大きく伸びする。
 
 (あぁー、やっと終わった)

 ほかの街へ行く商人の馬車に相乗りする金額と、商業ギルドで探せる仕事を聞きたいだけだったが、えらく時間がかかった。
 それぞれ部署が違うらしく、そのたびに待たされもう(のち)(こく)4時だ。

 (今の私には難しい金額だったなぁ……。できるだけ早く遠くの街に行かなきゃなのに)

 相乗りの金額は、半日で着く隣町でも金額30枚。
 目的の街が遠ければ遠いほど金額が上がるそうだ。
 旅費や護衛費込みとはいえ、今のエリアーナには辛い金額だった。

 (お仕事も私向きのはなさそうだった)
 
 商業ギルドでは、街の中で働きたい人向きの仕事を斡旋していた。
 実務経験がないエリアーナに紹介できそうなのは、飲食店の給仕くらいだそうだ。
 自惚れになってしまうが、エリアーナは人目を引く容姿をしている。
 外套がなかったら、間違いなく声をかけられたり、下手をしたら人買いに狙われたりするだろう。
 そんな容姿の人間が従業員をやろうものなら、トラブル待ったなしだ。
 
 (よし、次は冒険者ギルドに行ってみよう!)

 再度ギルド巡り馬車に乗り、次は冒険者ギルドを目指す。
 馬車の中でうっかりウトウトしてしまい、気づいたら一周していたが、無事にたどり着けたので問題ない。
 (よい)の空が広がるなか、馬車を降りた。

 (え……いつからこの世界は西武開拓時代になったの)

 『冒険者ギルド』とプレシアス王国語で書かれた大きな看板を見上げる。
 その看板がついているのは、西部劇に出てきそうな大きな木造の建物だった。
 出入りする冒険者たちが荒くれ者に見えてしまう。
 目の前をヒューッと風が吹き、乾いた草が転がっていった(気のせい)。
 外套を深く被り直し、冒険者ギルドに足を踏み入れるのだった。
 
 ……
 …………
 ………………

 両開きのスイングドアが開き、心なしか渋い顔立ちに変化したエリアーナが出てきた。
 冒険者ギルドのなかは、さながら西部劇の酒場のようで気を抜くと()られるような錯覚を起こさせた(思い込み)。

 (世知辛い世の中だぜ……何をするにも金が掛かりやがる…………)

 いまだに西部劇モードから抜け出せないエリアーナは夜空を見上げて煙草の煙を吐き出す(フリをした)。
 護衛を雇う場合、一人1日金貨5枚で、基本的に二人以上雇わなければならないとのことだった。
 つまり、最低でも1日金貨10枚はかかる。
 遠い街に行くほど日数もかかるので、やはり早急に稼ぐ必要があった。
 
 冒険者ギルドは、魔物素材の買い取りと依頼の受発注を行っていた。
 高価な素材の買い取りや依頼の受注には『冒険者証』を作成しなければならず、王都で作成するなら()()3()0()()かかるそうだ。
 安価な素材なら、冒険者証なしでも買い取ってもらえるそうだが、短期でそれなりに稼ぎたいなら初期投資(金貨30枚)なしには難しいとギルド職員が言っていた。

 (……泣くぞ。おい、泣くぞ。世知辛いよ、異世界!私だって、王都から出てスローライフ送りたいよ)

 王都から出るハードルが、今のエリアーナには高すぎる。
 変なテンションが落ち着き、今度はあまりの現状に泣きたくなるのだった。
 『詰んだ』という言葉が頭を占め何も考えられず、夜の街を宛もなくトボトボ歩いていく。
 そのうち、怪しい雰囲気が漂う地区に入ってしまったがそれに気づかない程である。