夕暮れの港町。
 賑わう大通りには、いつもと違う服装のエリアーナと、いつも通りのジルコが歩いていた。
 こんな着飾っといてなんだが、目立つのは避けたい。
 でも、ただですら美少女に分類される容姿なのに、全体的にかわいく仕上げてしまったのだ。
 人目を引かないわけがない。
 
「うっ……不覚!」

 何とか隠れたい。
 物陰に隠れたり、鞄で顔を隠したりと試行錯誤する。

「もうすぐ暗くなるから、少しは紛れるだろ。
 それまでは路地行くか。
 ……だから、その変な動きをやめてくれ」

 エリアーナは先ほどから完全に不審者だ。
 ジルコに手を引かれ、大通りから路地に移動した。
 人通りはあるが、先ほどより少ない。
 逞しい腕につかまり、できるだけ密着した。

「……っ」

 ジルコが息を呑んだ。
 でもあえてスルーした。
 こうしなければ、彼の影に隠れられない。

「こうして歩けば、ジルコさんが壁になって周囲から私のことは見えないはずです!」

 ジルコが盛大にため息をついた。
 ジト目でこちらを見てくる。
 
「アンタがそれで気が済むなら、好きにしてくれ。
 で、今日はメシ食い行く前にどっか寄るんだろ。
 行きたいところは、どのあたりなんだ?」

 すでに黄金スマホに目的地を設定してある。
 道順を確認した。

「んー、ここからそんな遠くなさそうですね。
 行先は着いてからのお楽しみなので、ジルコさんは目を閉じてください」
 
「……アンタの案内で目隠しって、そんな危険は断る。
 ほら、これでいいだろ」

 ジルコは掴まれていない方の手で自身の目を少しだけ隠した。
 たしかに周囲の風景は見づらくなったかもしれない。

「ジルコさん賢いですね!では、行きましょう。こっちです!」

 片手に黄金スマホ、もう片方はジルコの腕に絡ませ、目的地に向かって進んだ。
 目当ての店にはすぐ着いた。

「もう見ていいですよ」

 ジルコは目を隠していた手をどけ、目の前の店を見た。
 サプライズは成功したようだ。
 驚きつつも、目を輝かせている。
 ガラス張りの飾り棚には、剣が飾られていた。
 凝った装飾の柄には、キラキラと輝く宝石のような石がついている。

「ここは『魔法剣専門店』か!」

 ジルコは魔法剣士だ。
 その彼にとって、この店は心躍る場所だろう。
 今回の目的はジルコを労うことでもある。
 ヴェイント氏の護衛とスタンピードで手に入れた収入は金貨2000枚以上になった。
 これも、ジルコが頑張ってくれたからだ。

「図書館にこの町の紹介をしている冊子が置いてあったんです。
 それに武器屋特集号があって、このお店を見つけました。
 ジルコさんの今持っているの、王都で買った一番安いのですよね?
 たしか、お店の人が初心者向きって言ってたので
 ジルコさんには、もっと合うのがあると思うんです。
 だから、ここへ来ました。
 護衛やスタンピード頑張ったので、今私たちは金銭的余裕が結構あります。
 ジルコさんに一番合う魔法剣、買っちゃいましょう!」

 ジルコの手を引き、店内へ入った。
 アンティーク調で落ち着いた雰囲気の内装だ。
 壁には色んな魔法剣が展示されている。
 石の色だけでなく、剣の形も様々だ。
 反り返っている剣や身の丈より大きな剣もある。
 エリアーナ自身は剣を持ったことがない。
 たぶん、今後も持つ予定はなかった。

(刃物で自分を切る未来しか想像できない……)

 前世、図工の時間に彫刻刀で()()()()()()ことがある。
 ザクッといってしまったら、切った場所が悪かったのか、ピューッとものすごい出た。
 ティッシュじゃ追いつかないレベルの出血大サービスだ。
 それ以来刃物は、あまり得意ではない。
 見るのは平気なのだが、それで戦えと言われても全力で断るだろう。

「いらっしゃいませ。本日はどのような魔法剣をお探しですか?」

 モノクルを掛けたオールバックイケオジが現れた。
 気配を全然感じなかったので、店主はなかなかの強者かもしれない。
 しかし、身体の厚みが物足りない。
 細マッチョは食指が反応しなかった。

「風の魔法石がついている、片手剣を見せてもらいたい」

 ジルコには珍しく、前のめり気味だ。
 店主が、ちょっと後ろに下がった。
 全然気にした様子もないジルコが、ニコに見えた。

(完全に少年になってるよ、ジルコさん!……かわいいな)

 王都で武器屋へ行った時も楽しそうだったが、今回はそれ以上だ。
 目の輝きが違う。
 エリアーナに置き換えると、ケーキの食べ放題へ来たような感じだろうか。
 それは目も輝くだろう。

 ……
 …………
 ………………

 店の奥には座り心地のいい椅子と、本棚があった。
 出してもらったウー茶を飲みつつ、本を読む。
 なんと、この世界にもマンガ雑誌があった。
 前世のグラフィックノベルっぽいが、十分楽しい。
 写真が『写し絵』で、漫画は『絵小説』という名前だった。
 時間があれば、書店で絵小説を買おう。
 黄金スマホ内を探せば、エロい絵小説がすでにあるかもしれないが、それを見たら乙女としてダメだ。

「すまん、選ぶのに時間かかった。おかげでいいのが見つかったぞ」

 ジルコは嬉しそうに、手に持った剣を見せてくれた。
 その魔法剣は、何もかもが美しい。
 精錬されたデザインながら華美ではない。
 柄についている風の魔石は、澄み切ったそれは深い緑だった。
 まるで森をそのまま閉じ込めたような石は、ジルコの目を連想させる。
 さらに、鞘の機能に驚いた。
 鞘自体に収納と縮小の魔法陣が組まれており、剣を中に収めると、ナイフのような大きさになるのだ。
 これなら帯剣時も邪魔にならない。
 剣を抜けばすぐに元の大きさになるので、使い勝手もいいそうだ。
 
「素晴らしい剣ですね!欲しいものが見つかって何よりです」

 嬉しそうな彼を見ていると、こちらまで嬉しくなってしまう。
 金貨は常に彼が管理していてくれるので、すでに支払いも済ませたはず。
 機嫌のいいジルコとともに魔法剣専門店を後にした。

 すでに外は星が輝く時間だ。
 誰かに見られる不安を抱えたまま、祝杯をあげるのは避けたかったので、個室のある店を予約してある。
 そして、それはグラメンツにいたときから、いつか行こうと話していた場所だ。

「では、ステーキを食べに行きましょう!」

 その言葉に、ジルコも大きく頷いた。
 意気揚々とステーキ屋へ向け、歩き出す。
 彼もお肉は大好きなのだ。
 
「でもよ……。アンタ、いいのか?」

 ふと真顔になったジルコから、問いかけられた。
 何について聞かれているのかわからず、首をかしげる。

「いや、そういう恰好してるってことは、もっと洒落っ気のあるところに行きたいんじゃないのか?」

 たしかに今日は、武器屋へ行き、これからステーキ屋に行く。
 このような、かわいらしい恰好をする必要なんてなかった。
 でも意味は大いにある。

「いいんです!本来の目的はすでに達成していますし。
 ただジルコさんに『かわいい』と思われたくて、着替えたまでです。
 少しはそう思ってくれてますよね?」

 こういうことは素直に堂々と言った方が恥ずかしくない。
 しかし言われた方は、そうではないようだ。
 真っ赤になったジルコが狼狽えている。

「アンタは、俺にそう思われたいってことか?」

 質問に質問で返された。
 卑怯だと思う。

「そりゃあ、思われたいですよ。
 ジルコさんみたいな素敵な男性に、そう思われたいと願うのは、ごく自然なことです」

「ど、どうした……。アンタ、今日は……どうした」

 その言葉をそっくりそのまま返したい。
 さっきからジルコが挙動不審だ。
 歩くのもやめてしまった。

「どうもしてませんて!
 ほらジルコさん、立ち止まらないでくださいよ。
 お腹空きました!お肉とワイン!はやく!」

 夕飯を堪能したくて、昼食をサラダだけにしたのがまずかった。
 もうお腹がすきすぎて、それ以外のことを考えられない。
 お肉を食べて、ワインを飲む。
 そしてまたお肉を食べて、からのワイン。
 その繰り返しを満足するまで行いたい。

「……うん、やっぱアンタはアンタだな」

 ジルコが遠い目をしていたが、腹ヘリアーナがそれに気づくことはなかった。