海辺の洞窟のスタンピードが終わった翌日。
 ギルドへ向かうエリアーナ一行は、活気あふれるノーガスの町を歩いていた。
 失った時間を取り戻すかのように、船や馬車の数はいつも以上だ。
 これで止まっていた物流もきっとすぐ元通りになる。

「今朝とれたばかりの新鮮な魚だよ!
 生でもおいしいよ!
 嬢ちゃん、すぐ食べられるサシミでも買えるよ!
 さぁ、寄っといで―!見といで―!」

 通り沿いの魚屋で声を掛けられ、口の中が一気に『お刺身』になる。
 前世では海のすぐ近くで生まれ育ったので、魚は生でも焼いても煮ても大好きだ。
 吸い寄せられそうになる体を、ジルコに止められる。

「サシミ持ったままギルドに行く気か!まずは用件済ませてからにしろ」

 たしかに、ジルコの言っていることは何も間違っていない。
 昨日はまだ、新鮮な魚は店に売られていなかった。
 だから今日こそは、何が何でも海の幸を満喫したいのだ。
 その気持ちが理性を少しだけ追いやってしまったのだろう。
 ちょっとだけ反省した。

「エリアーナさん、宿の女将さんに
 町で人気のゴハン屋さん聞いてきました!
 ギルドの帰りにみんなで行きましょう」

「おぉ、いいな!俺肉も食いたい!」

「新鮮な野菜食べてないから、大盛りサラダがある店だといいな」

 ニーナ、ニコ、ゲオも各々食事が楽しみのようだ。
 ジルコを見れば、少し呆れていたが笑い返してくれたので賛成のようだ。

「では、ロックスさんとお話してから、みんなでノーガスのおいしいものを堪能しましょう!」

 冒険者ギルドへ、早歩きで向かう。
 中に入ると、冒険者たちがいつも以上に大勢いた。
 どうやらスタンピードに参加した冒険者たちのようだ。
 彼らは腕輪を窓口で渡している。
 皆、換金に来ているのだろう。
 あれはスタンピードが始まったときにギルドから渡された、点数が記録される腕輪だ。
 倒した魔物の強さや数で、点数が加算されると説明された気がする。
 エリアーナの場合、救護所で回復した人数と昨日の魔神ガニの合算なのだろうか。
 まぁ、換金時に分かるだろう。
 今日は混んでいそうなので、換金は後日にした。

「何か……すごく、見られてません?」

「無理もない。銅級の冒険者が『支配者級魔物』を倒したんだ。そんなこと前代未聞だろう」

 エリアーナたちがギルドに入ってきたことに気づいた冒険者が、次々こちらを向いた。
 好奇の目、疑いの目の他にも、好意的だったり、敬意を表したりする人もいる。
 むしろ、その方が多そうだ。
 皆、昨日の戦いを労ってくれた。
 たくさんの人が声をかけてくる。

「皆様、本日はご足労頂きありがとうございます。
 ロックスより、お連れするよう言付かっております。
 ギルド長室へご案内いたしますので、ご同行願えますでしょうか」

 やたら綺麗な眼鏡美女が、迎えに来てくれた。
 おそらくロックスの秘書だろう。
 後ろ姿も美しかった。
 乱れることなくまとめられた髪のうなじが色っぽい。

「……アンタやっぱり中身おっさんだろ」

 隣を歩くジルコに耳打ちされた。
 どうやら美人秘書を観察していたことが、バレたようだ。
 セクハラはよくないので、見るのはやめた。

 ギルド長室に入ると、ロックスは溜まった書類を片付けている最中だった。
 机の上は束になった書類だらけだ。
 
「おう、来たか。
 至急出す必要があるものだけ終わらせちまうから、そこ座って待っていてくれ」

 ソファに座るよう促されたので、5人で座った。
 大きな体は机仕事には向かなそうだ。
 今にも万年筆を折りそうで、ハラハラする。
 美人秘書が焼き菓子と紅茶を持ってきてくれた。
 ニコとニーナには、ジュースのようだ。
 さすが、ギルド長の秘書ともなると気遣いが完璧だった。

「待たせたな」

 書類仕事を一段落させたロックスがやってきた。
 大きな一人掛けソファへ腰を落とす。

「改めて、昨日の魔神ガニ退治の礼をさせてくれ。
 あんたらがいなかったら
 スタンピードはもっと長丁場になっていただろう。
 発見および退治、ご苦労だった。
 ギルドを代表して、感謝する」

 そう言ってロックスは頭を下げた。
 やはり彼はいいギルド長だ。
 こうして一冒険者たちにも、丁寧に感謝を示してくれる。

「そして、これは俺の独断だが
 ギルドの長に認められている権利を行使する。
 ニーナ、ニコ、ゲオ」

 不意に名前を呼ばれ、三人は背筋を伸ばした。
 緊張した面持ちだ。

「「「はい!」」」

「まだ冒険者となって日は浅いようだが
 判断力戦闘力ともに白銅級の基準を超えている。
 支配者級を前にしても、臆することなく
 その眷属を倒し続けた功績を認め、諸君らを『白銅級』へ昇級する」

 美人秘書が白銅級の冒険者証を各々に渡した。
 ニーナたちはそれを嬉しそうに受け取る。
 さっそく身に着けていた。
 とても誇らしそうだ。

「次に、エリアーナ、ジルコ」

「はい!」

 ジルコは返事せず、会釈で返していた。
 軽くひじ鉄しておく。
 まったく気にしていないようだ。

「はっきり言おう。
 おまえら二人の戦闘力は、おそらく金級に匹敵する。
 だが、さすがに金級の冒険者証は用意できなかった。
 悪いな。色が物足らんと思うが、これで我慢してくれ」

 美人秘書が手渡してくれたのは、銀色に輝く星だった。
 ジルコも同じものを手にしている。
 どうやら、二人は白銅級を飛ばして、いきなり『銀級』になったようだ。
 こんなの有りなのだろうか。
 驚いた表情のまま、ロックスと冒険者証を何度も見てしまった。

「なんだ、飛び級したのがそんなに信じられないか。
 まぁ、珍しいことではあるな。
 でも俺の権限なら可能だ。
 おまえらはそれだけのことをした。
 スタンピードを解決した二人が『銅級』ってほうがおかしいだろ。
 注目は浴びちまうかもしれんが、甘んじて受け取ってくれ」

 たしかに、今以上に騒がれるかもしれない。
 これは早く国を出よう。
 注目を集めて得するようなことは、エリアーナにはない。

「あぁ、それと。魔神ガニの魔物素材と魔石、うちで買い取りたい。
 支配者級の物だからな、相当な価値があるぞ。
 ほかにも、素材や魔石で売りたいものがあったら置いていけ。
 腕輪の換金もまとめて引き受ける。
 全部査定できたら飛紙を飛ばすから、それまでノーガスを満喫しててくれ」

 ニーナたちの分もお願いした。
 初級魔物を相当倒したようだ。
 ゲオが持つ魔導具の鞄から、山のような素材と魔石が取り出された。
 エリアーナは風呂敷ごと渡した。
 なんせ巨大魔神ガニのハサミと、支配者級魔物の魔石だ。
 ここで出せる大きさではない。
 風呂敷にしまう時も、かなり大変だった。
 向きを縦にして、どうにかしまえた。

「ジルコ、エイティーとルーフィアのことで聞きたいことがある。
 悪いが、もうしばらく時間をくれ」

 昨日みんなの前で真実を晒され、連行された二人の名前が出た。
 咄嗟にジルコと見る。
 頷いて了承していた。
 顔をしかめることはなく、至って平常通りだ。
 目が合うと微笑まれた。
 ……イケメンエルフの不意打ち微笑は、大変危険です。

「みんなは先に飯屋へ行っててくれ。終わり次第、すぐ向かう」

 おサルたちのことが、気にならないわけではない。
 でも自分がここにいたら、話しにくいこともあるだろう。

「はい。待ってますから、なるべく早く来てくださいね。
 ぜひ、祝杯をあげましょう!」

 ジルコは笑って頷いた。
 彼とまた、おいしい食事とお酒をたのしみたい。
 ニーナたちを連れ、ギルドを後にするのだった。