本部の天幕内へ入ると、ギルド職員や冒険者たちが何かを中心に騒いでいた。
 みんな笑顔になったり、安堵した表情を浮かべている。
 もう次の波の時間はとっくに過ぎていた。
 それなのに魔物が発生しなかったから、スタンピードが終わったことに気づいたのかもしれない。
 しかし、確証もないのにこんなに騒ぐだろうか。
 エリアーナたちはまだ支配者級の魔物を倒したことを、ギルドに報告していない。
 それなのに、彼らの様子はまるで『原因を突き止めて、すでにそれを解決した』かのような祝いっぷりだ。
 泣いて喜んでいる職員もいる。
 きっと、家にほとんど帰れなかったんだろう。
 町の人々にも同じように安堵を与えたい。
 早く魔神ガニを倒したことをロックスに報告しよう。
 彼に話せば、何度も同じ話をする必要はないはずだ。
 ロックスの姿を探すが、人が多すぎて見つからない。

「あ、そうだ!ジルコさん、ニコを肩車できますか?
 そうすれば、上からロックスさんを見つけられると思うので」

 振り返る。
 ジルコしかいなかった。
 ニーナたちの姿が見えない。

「ニコたちなら腹が減ったって言って補給所へ行ったぞ。たぶん、外で飯食ってるはずだ」

 ニコがいないなら肩車作戦は無理だ。
 別な方法で探さねばと考えていると、不意に足の間に何かが入り、グッと視界が高くなった。
 
「どうだ、見えるか?」

 真下からジルコの声がする。
 お腹にジルコの後頭部が当たっているし、腿は顔に当たってるしで思考が止まった。
 今、エリアーナは肩車をされている。
 成人男性に。
 イケメンエルフに。
 意識せずにはいられない相手(ジルコ)に。
 こんな事態、前世でも経験がない。
 ただただ真っ赤になって動きを止めていた。
 何なら、息するのも忘れている。

「……おい、大丈夫か?別に疲れるわけじゃないが、人目を引きたくないなら、早く見つけろよ」

 その言葉にハッと我に返る。
 こんな姿を大勢に見られるのは、さすがに恥ずかしい。
 ダンジョン内に入るので、今日はパンツスタイルだ。
 なので露出的な心配はないが、さすがに子どもではないので肩車姿はダメだと思う。

「えっと、ロックスさんは……見える範囲には――」

 言葉の途中で、騒ぎの中心が目に入った。
 そこにいるのは、さきほどエリアーナたちを魔神ガニと閉じ込めた張本人だ。
 幸いなことに、ルーフィアの造った壁はそこまで丈夫ではなく、エリアーナの魔法であっけなく壊れた。
 脱出に時間はかからなかったが、魔神ガニがいたらそれも難しかっただろう。
 倒せたからこそ、5人とも無事に帰ってこれたのだ。
 そんな最低最悪な男と薄情な色ボケ女が、いま多くの人に持て囃され、賞賛を受けている。
 どうやら、彼らが支配者級の魔物を倒したことになっているようだ。

(あぁ、きっと……。あいつらは、ジルコさんも同じように扱ったんだ)
 
 手柄を横取りし、名声を高め、人望を集めていった。
 そして気に障ったからと、周囲に嘘をつき、ジルコを貶めた。
 本当は心根の優しい人なのに、ぶっきらぼうにしか話せない。
 自分の気持ちを伝えるのが苦手で、すぐ眉間にしわを寄せてしまう。
 見た目の華やかさに反して、器用に人と付き合えない。
 急に肩車をしてきちゃうような、ちょっと空気の読めないこの人を。
 あの男(エイティー)その隣の女(ルーフィア)は傷つけ、信用や名誉をなくさせた。
 培ってきたものを全て失った時のジルコの気持ちを考えると、本当にやるせない。
 手に触れていた銀色の髪をなでる。
 その時そばにいられなかったのが、悔しくて仕方なかった。
 
「……アンタは一体何をやってんだ。んなことしてねーで、ロックス探せよ」

 呆れつつも嫌がらないジルコに、何と言っていいかわからない気持ちが湧き上がる。
 ポツリと手に落ちたものを、気づかれぬよう拭い去った。
 睨みつけるように、前方を見る。
 あの二人は、絶対許さない。

「ロックスさんではないですけど
 用がある方を見つけたのでちょっと行ってきます。
 戻ってくるまで、ここで待っていてもらえますか」

 肩車から降ろしてもらう。
 屈んでいたジルコが立ち上がった。

「何の用かわからんが、手早く頼む。
 じつは俺も結構、腹減ってる。
 外出規制もすぐ解かれるだろうし、報告済ませたら何か食って帰ろう」
 
 ジルコはこの騒ぎの中でも、ジルコだ。
 彼は周囲に惑わされない。
 笑顔で頷き、背を向けた。
 これからやることは、ただの自己満足だ。
 きっと、醜い言葉や顔を晒してしまう。
 それは見せたくなかった。
 だって、自己満足だから。
 決してジルコのためではない。
 彼の心にいる自分は、いつもニコニコでいいのだ。
 こんな凍てつくような目をしているのを、見られたくはなかった。