目の前には巨大なアーチ型看板が立っている。
 『カエデ通り市場』
 どこへ向かうか決めるためにもこの国の地図が必要だと思い、市場までやってきたのだ。

 通りの両端には屋台や露天が所狭しと並んでいた。
 まだ(まえ)(こく)9時前だが、すでにたくさんの人で賑わっている。

(食べ物、道具、雑貨も、本当いろんなものが売ってる。服も異国っぽいものから型落ちの貴族のドレスまであるよ。魔導具に、あっちは本や魔導書かな?見てるだけでも楽しい!)

 生まれて初めて訪れたTHE異世界の市場に興奮するエリアーナは本来の目的を完全に忘れていた。
 追い込まれている自覚がなさ過ぎるのは、前世の楽天的な性格が災いしている。
 あっちを見てこっちを見てと、時間を忘れてウィンドウショッピングを楽しんだ。
 少し歩き疲れ、早めの昼食を取ったあと、再度散策を始めたときだった。

 (え!?これは……)

 衝撃のあまり動きが止まる。
 前世でおなじみ『スマートフォン』が屋台で売られていたからだ。

「お!嬢ちゃん興味あるかい?
 うちのスマホは性能抜群、デンチの()ちもグーンと長いよ!
 充伝(じゅうでん)は魔石であっという間だ。
 最新式から廉価版まで何でも揃ってるからぜひ見ていってね」

 家電大好きおじさんみたいな雰囲気の店主が、気さくに話しかけてきた。
 人は驚くと、開いた口が塞がらなくなる。
 ……本当に、塞がらなくなる。

 「お、おじさん……これは『スマートフォン』ですか?」

 今いる『プレシアス王国』は、剣と魔法のファンタジーな世界にあるはず。
 ファンタジーにテクノロジー投入とは、世界観キラーもいいところだ。

「すまーとふぉん?何だいそりゃ。
 これは『刷込(すりこ)式魔導書保管版(しきまどうしょほかんばん)』略してスマホさ。
 今時スマホを使わないなんて、神殿関係者か絶対紙本主義のお貴族様くらいだよ。
 どうだい、実物触ってみて便利だと思ったら買って損はないよ!」

 おじさんは笑いながらはスマホの使い方を教えてくれた。
 スマホは中に魔導本(魔導書化した本)を入れられ、図鑑や地図、人気の小説や写し絵(この世界の写真)など、入れられるものは多岐にわたるらしい。
 魔導本は街の書店で扱っていて、実際の本を買うより場所を取らないので、庶民の間では結構定番なんだそうだ。

「スマホの内部には伝導式蓄魔力箱(でんどうしきちくまりょくばこ)、略してデンチっていう薄く平たい箱が入っていてね。
 中魔石1個を裏蓋に載せて充伝(じゅうでん)すれば、1ヶ月は使えるすぐれものさ!」

 おじさんは目をキラキラと輝かせて説明してくれている。
 エリアーナの目も同じくらいギラギラと輝いた。
 
「初めて使うなら廉価版でもいいかもね。
 何冊も入れられないけど、5冊はいけるよ。
 本体だけなら金貨2枚だから嬢ちゃんでも手が出せる価格だろ」
 
 ()()()
 今後街を出て旅をするなら紙ベースの使い慣れない地図より、前世で使い慣れたグー○ルマップのような地図のほうがいいに決まっている。
 ()()()()()
 おじさんいわく、道案内機能がついてる地図もあるそうだ。
 ()()()()()()()()()

 「ただ、図鑑や地図は高いよ!安いものでも金貨5枚はくだらない。道案内機能付きの地図なら、()()5()0()()はするね」

 全財産でも足りない。
 泣く泣く諦めるか……。
 ため息をつきつつ、屋台を去ろうとした。

「譲ちゃん!そんな悲しそうな顔しないでよ。こっちにあるのは中古のだから、すでに地図が入ってるのもあったと思うよ。よかったら見てみて!」

 台の上にはたくさんの中古スマホがあった。
 1つずつ見ていくが、()()()()()()()の地図が入っているスマホは見当たらない。

 (諦めるしかないか……)

 ため息も2度目となると、落ち込み具合も2倍になる。
 肩も落ち、もう探す気も起きない。

 (ん?この木箱はなんだろう)

 落ちた視線の先、台の下に木箱があった。
 その箱の中にも、たくさんのスマホが乱雑に積まれていた。

「そこにあるのはワケあり品さ。
 どれでも全部銀貨1枚でいいよ。
 もう寿命で充伝(じゅうでん)できないから、今あるデンチ残量が終わったらそれきりの使い捨てだよ。
 デンチの中身の『魔法苔』が大体2年くらいでダメになっちゃうからね。
 デンチの交換もできないし仕方ないんだけど、もったいないよね」

 そう言うと、店主は他の客の接客へ向かった。
 先程の言葉を聞いて、試してみたいことを思いつく。
 箱の中からキズが余りついていなく、高級そうな見た目のスマホを探した。
 たくさんのスマホを掻き分けた先、奥底にそれはあった。
 輝くボディがまぶしい、成金趣味全開の『黄金色のスマホ』だ。
 それを手に取る。

 (おじさん、ダメになったら買い取るから!)

 エリアーナは元()()な聖女だ。
 生き物なら何でも治す自信があった。
 デンチの中身は(生命体)
 チラッと店主の様子を伺う。

 (よし、おじさんがお客さんの対応に集中してる今ならいける!)
 
 スマホに向け、欠損すら治す大回復魔法をかけた。
 さらに魔力譲渡を試みる。
 エリアーナは歴代聖女一の魔力量を誇っていた。
 こんなの余裕なのである。
 はたから見たらスマホにコソコソ話しかけている怪しい人だが、そんなこと気にしている場合ではない。

 (……これは!)

 デンチ残量が7から100になっていた。
 実験は成功だ!
 しかしそれを顔に出したら絶対銀貨1枚では買えなくなるので、しれっとした顔で黄金スマホを操作した。

 (スマホに入ってる魔導本は……)

 魔物(モンスター)図鑑と動植物図鑑(各分布図付き)
 地図(道案内機能付き)
 プレシアス王国街角素人娘大全集(エ○本)
 【写し絵で紹介!】人気娼館体験記(エ○本)
 ねこ獣人メイドはご奉仕に夢中♥(エ○小説)
 人妻騎士は庭師の愛撫に乱れ咲く(エ○小説)
 etc(エ○本、エ○小説)

 (わー。容量いっぱいまでエ○関係入ってる。逆にすごいよ、ここまで来ると)

 図鑑も道案内機能付きの地図も入っている、願ったり叶ったりの逸品だ。
 たとえその他の魔導本がエ○のみだったとしても、これは買いだ!
 これを持つことで、確実に乙女として何か失うが、気にしたら負けなのである。
 
 「おじさん!この使い捨てスマホ1つください。お金ここに置いておくので、お願いします!」
 
 接客中の店主が目で了解してくれたので、銀貨1枚を置いて脱兎の如く屋台を去った。
 黄金スマホはエリアーナの手元で輝いている。