「住民は日中のこの時間しか外出できないから、町の中も結構混雑してるね」

 今日の担当時間が終わり、宿に帰る途中で無事食料を手に入れられた。
 ノーガスの町は、変わらず外出制限がある。
 比較的波の間隔が安定している、前の刻11時から後の刻2時だけは住民たちが外出できた。
 
「そうですね。はやくスタンピードの原因がわかるといいんですけど……」

 ニーナが不安そうな顔を浮かべている。
 そう思うのも無理はない。
 スタンピード解決の糸口が見えないのだ。
 それは町の住民も同様で、みな緊張した面持ちで歩いている。

「ジルコさん、今回みたいに()()()()()()()突然魔素濃度が上がってスタンピードが起こるって、珍しいですよね」

 ダンジョン内で魔物が倒されず増え続けると、魔素濃度が上がる。
 そして、限界を超えてしまうとスタンピードが起きてしまう。
 そういう発生方法のスタンピードは、簡単に対処できた。
 魔素濃度を安定させるため、魔物を全て倒せばいいのだ。
 そうすれば波も段々落ち着き、元の状態に戻る。
 でも、今回の海辺の洞窟のスタンピードは突然起きた。
 魔物が増加傾向にあるとは、一切報告がなかったようだ。
 それなのに、スタンピードが起きた。
 何か原因があるとしか思えない。

「今回みたいな事例は珍しいが、ないこともない。原因はダンジョン内に『古代の遺物』が現れた場合か、支配者級の魔物が入り込んだかだ」

 『古代の遺物』というのは何千年も前、神々がまだ人と直接係わっていた頃作られた儀式の道具だといわれている。
 道具としての使い道は不明だが、それが存在するだけでその一帯の魔素濃度がとても高くなってしまうほど魔力を秘めていた。
 数年に一度突如ダンジョン内へ姿を現し、人が触れようとすると消えてしまうそうだ。

「んー、白銅級と銀級が必死に探してるけど、古代の遺物や支配者級の魔物も見つかってないよな。何かうまいこと隠れてんのか?」

 ニコが考えながら唸っている。
 両手に串肉を持っているし、口の周りはソースで汚れているので笑ってしまう。
 
「……ニコ、きたない。口がベタベタだよ」

 ゲオがニコの口の周りを拭いた。
 慣れた手つきなので、ニコはしょっちゅう世話を焼かれているのかもしれない。

「あ、飛紙(とがみ)だ!」

 ニーナが飛んでくる紙飛行機を見つけた。
 まっすぐエリアーナのもとへやってくる。
 広げてみればギルド長のロックスからだった。

『現在騎士団との協議中。俺の案は信憑性に欠けるそうだ。証明する必要あり。早急に本部天幕へ来られたし。見返りは用意する。以上』
 
 買い物が終わっていてよかった。
 また海辺の洞窟の方へ戻らなければならない。

「すみません。私、ロックスさんに呼ばれてしまったので本部の天幕へ行ってきます。みなさんは先に宿へ戻っていてください」

 なるべく早く向かう必要があるので身体強化を掛けたいが、ここは人が多いので危ない。
 もっと人通りが少なくなるまでは、普通に早歩き程度でいこう。
 そう思って歩き出すと、隣にジルコがいた。

「今朝の件か?」

 彼には今日あった出来事を、伝えてあった。
 どうやら付き添ってくれるようだ。
 一人だとちょっと不安だったのでとても心強い。

「恐らくそうだと思います。具体的に何を頼まれるのかよくわからないけど、私の力がお役に立つなら頑張るつもりです」

「……アンタがそういうやつなのは分かってるし、止めるつもりもない。ただ、絶対無茶をするなよ。もししそうなら、強制的にやめさせるからな」

 ジルコの顔は真剣だ。
 本気で心配をしている。
 それが、素直に嬉しかった。

「はい!無茶しません。あと前も言ったけど、魔力全回復薬あるので、最悪それ飲んでしのぎます。あ、もちろん自分で飲みますから!」

 もうあんな熱烈な飲ませ方は避けたい。
 ……思い出すだけで心臓がバクバクした。
 また同じ事をされたら、心停止する自信がある。

「何で赤く……あっ、なるほど。よし、また無茶したら同じ飲ませ方するからな。嫌なら、回復薬が必要になるまで魔力を使うなよ」

 思い至ったジルコが意地悪気にニヤリと笑って、そんな脅迫をしてきた。
 自分のその顔がどれだけ色気を放っているか、自覚していないのだろう。
 もう頭と心臓が混乱中だ。

「同じ、飲ませ方!?いや、それは、ちょっと……。
 あの、だってですね!初めての口づけだったんです!
 そういう意味ではないのは重々わかっているのですが、頭と心は別と言いますか――」

 分かりやすくテンパっている様子を、おかしそうに笑う男を小突いてやった。
 キスじゃなくて救命処置だとしても、ジルコの唇の感触はいまだに鮮明に覚えている。
 思い出して恥ずかしくなるのは、むしろ正常だ。
 正常な17歳の少女の反応なのだ!

「ジルコさんみたいに経験豊富じゃなくて、すみませんね!私はあんな些細なこと思い出して赤面するような、ガキですよーだ!」

 ベーッと舌を出して身体強化で走り出した。
 もう周囲に人はいない。
 ジルコを置き去りにするつもりで全速力だ。
 でも軽く追いつかれる。
 そもそもの身体能力に差がありすぎなのだ。

「おい!怒んなよ。……俺だって、経験なんかねーよ」

 すぐ隣を涼し気に走る男の口から、信じられないことを聞いた。
 この見た目で、まさか!と思ってしまうのは偏見なのか。
 疑りの目を向けてしまう。

「なんだよその眼は……。こんなくだらねー嘘言って何になるんだよ。
 俺は基本的に他人に係わるのが苦手だ。アンタが、エリアーナが特別なんだよ。
 何言われようがひどい態度だろうが、へこまないだろ?
 そんなやつ、アンタくらいしか俺は知らん」

 ジルコの言葉に胸の中で何かが弾けた。
 いや、弾け続けている。

(……あぁ、どうしよう)
 
 胸が高鳴っているのは走っているからだと思いたい。
 彼に『特別』と言われて、舞い上がりたくなるほど嬉しい。
 でも、それを顔に出さないよう、ジルコに悟られないよう笑ってごまかした。
 自分も同じ気持ちだ。
 
(ジルコさんは、私にとっても大事で特別で――)

 そのさきは考えないことにした。
 それをはっきり自覚してしまうと、きっと今の関係は壊れてしまうから。

(今は、これでいい。このままが、いい……)

 真剣に走るふりをしながら、そんなことを考えていた。
 気づけばもう目的地が目の前だ。
 身体強化を解く。
 全力で走ったので、息が乱れている。
 ジルコは余裕そうだ。

「フゥ……。よし、行きましょう!」
 
 気合を入れて本部の天幕の中へ入るのだった。