バンバンの店から宿に戻り、すぐ二人部屋に移動したエリアーナは、隣のベッドで眠る男をジーッと見ていた。

(はやく、目を覚まさないかな……)

 心配そうに見つめる瞳。
 そんなものはどこにもなく、眉間にシワが寄っている。
 朝起きて支度を済ますが、まだ朝食の時間には早かったので、寝そべりながら銀色のまつ毛を見つめているのだった。

(二人部屋に移ったから、1泊金貨1枚銀貨5枚も掛かるんだよ……)

 ここに運び込みもう3日、この男は目を覚まさない。
 エリアーナが出かけているときに目覚めて騒がれても困るので、エリアーナも食堂に行く以外ずっと部屋にいる。
 それもかきこむように食べているので全然味わえない。
 部屋でやれることといえば、黄金スマホをいじるくらいだ。
 先日バンバンのところで聞いた『話し貝』というのももちろん調べた。

――――――――――――――――――――
 
【話し貝】危険度★★☆☆☆
 巻き貝魔物(モンスター)
 体長:15センチ 鳴き声:なし(念話のみ)
 普段は海底にいるが、獲物が近づくとすごい速さで飛び出し、尖った先端で獲物に突き刺さる。
 範囲内にいる他の話し貝と念話できる。
 それを利用し協力することで大きな獲物を狩ることもある。
 貝が本体で、中は空洞。
 中に水棲スライムを住まわせており、話し貝が精気を吸い取ったあとの死骸を与えている。
 遠隔通話魔導具の伝話(でんわ)の素材として使用されている。

――――――――――――――――――

 トウモロコシや巻き貝以外にも見た目は前世と一緒でも『魔物』な生き物や植物は結構いた。
 でもそれ以外の動植物は呼び名や見た目は同じだった。
 リンゴはリンゴだし、ニワトリはニワトリだ。
 
 ただ、貴族が食べるような貴重な食材はこちらの世界特有のものが多かった。
 まだ前世の記憶が戻る前は、蛍光色のお肉や7色の魚、コバルトブルーの野菜や金色の果物を平然と食べていた。
 正直、味がいいとは言えなかった。
 とても珍しく、見た目もきらびやかだから、貴族が好んで食べているのだろう。
 エリアーナの口には庶民の食事のほうが断然合うのだった。

(図鑑読むの、さすがに飽きた……)

 最初は読むのが楽しかった図鑑も、3日目となると新鮮味も薄れ、読もうとすると眠くなってしまうようになっていた。
 ふと、他の魔導本に目が行く。

(こっちの世界のエ○本てどんななんだろう?)

 前世では友だちと興味本位でそういうの(エ○サイト)をスマホで見たことはある。
 しかし現世では見る機会など一切なかった。

(参考までに、ちょっと見てみようかなー)

 魔導本一覧の中から適当に選んで開いた。
 綺麗な女性たちが、生まれたままの姿で恥ずかしげもなく、大盤振る舞いしていた。
 どうやらお胸が大きな女性ばかりを集めた物のようだ。
 さらにそれを際立たせる姿勢(ポージング)で写し絵に描かれている。

(すごい!このポーズ、何かヨガっぽい!)

 それは所謂、女豹のポーズだった。
 写し絵の女性はこちらを狙う妖艶な笑みを浮かべまさに『女豹』だ。

(んー、最近部屋にこもってばかりで身体動かしてないし、いいストレッチになるかも)

 スマホをベッドの上に置き、見ながら真似しだした。

(まずは、四つん這いになり、両手を前へ倒す。お尻を高く上げ、絵師の方を見る!)

 パッと、写し絵の女性と同じ視線の方を向く。
 そこには、汚いものでも見たかのような表情のイケメンエルフがいた。
 どうやら、眠り姫は目を覚ましたようだ。

(………………)
(………………)

 静かな部屋の中、チュンチュンとスズメの声が聞こえた。
 そこには、ベッドに座りドン引きしているイケメンエルフと、変なポーズを即座に正座へ切り替えたエリアーナがいた。

「えー、この度は大変お見苦しいものを見せてしまい。申し訳ございません」

 この世界で土下座が通じるかわからない。
 しかし、第一印象が大事なのは変わらない。
 挽回するためにも、エリアーナは先手必勝で謝った。

「……アンタ、誰」

 恐る恐る顔をあげれば、こちらを睨みつける深緑の瞳と目があった。
 バンバンのところで見た写し絵と全く同じ顔だ。

「私はエリアーナ・ベル……
 いや、()()()エリアーナです。
 バンバンさんから、あなたを譲ってもらいました。
 あ、バンバンさんて言うのは奴隷商の人で……。
 って、あなたは意識なかったので、わからないですよね」

 どう説明すべきか何も考えていなかったエリアーナは、誤魔化すように笑った。
 それを見て、さらに怪訝そうな顔になる男。

「つまり、アンタが俺の新しい()()()ってこと?
 ……よくアイツがそんなの許したな」
 
「アイツっていうのが
 どなたかわからないんですけど……。
 たぶん、その人が奴隷の仲介業者に
 あなたを売ったのかと。
 バンバンさんのところへ来たときには
 全身ボロボロの死にかけだったみたいですよ」

 男はエリアーナの目の前で自分の身体を確認している。
 どこにも異常がないことに驚いているようだ。

「俺の体、何で普通なの。途中からあんま記憶ないけど、たぶん色々なくしたような……」

 目の前の男の、治す前を思い出す。
 片手で済むかも怪しいほど、なくした箇所があった。
 今はそれが嘘のように、傷どころか肌荒れ一つない。
 毎日浄化魔法をかけているから、髪や服もピカピカだ。

「たしかに……。色々なかったですね。
 でも!全部治しましたよ。どこか違和感ありますか?」

 目の前の人は、エリアーナが最近よくやるのと同じ表情を浮かべている。
 そう『人は驚くと、開いた口が塞がらなくなる』の顔だ。

「いや、それはねーけど……。え、なに、神殿で治してもらったってこと?
 あんな状態治すって、いくらかけたんだよ……。
 アンタ、頭大丈夫か?俺が奴隷ってわかってる?」
 
 いきなり頭の心配をされたエリアーナは、焦るのも無理はないと思った。
 神殿で神官や聖女から治療が受けられるのは、プレシアス王国では貴族や平民関係なく知られていることだ。
 見習い聖女や神官の治療の場合、安価で受けられるため庶民も気軽に利用している。
 ただ、大きな怪我や病気を後遺症や違和感なく治すのは、実力のある聖女でないと難しいのが現実だった。
 彼女たちから治療を受ける場合、多額の寄進が必要と言われていた。

「私、神殿出禁なので行ってないですよ。
 それに、あの程度なら自分で治せますし。
 なのでお金もかかってません!安心してください」

 目の前の男は、またしても口が塞がらない状態になっている。
 そんな顔をしていても、変顔に見えないのだから『イケメンエルフ』という生き物は摩訶不思議だ。

「……ハァ?ん?エッ、意味わかんなすぎて頭働かないんだけど」

 イケメンエルフは混乱している。
 どうしますか?
 ①落ち着かせる
 ②説明する
 ③食事に誘う

「たぶん血糖値が下がっているんじゃないでしょうか?
 私もイケメンエルフとお話ししたいことはたくさんあるのですが
 今は空腹を満たすことに全力を注ぎたいです。
 1階に食堂があるので、行きましょう!」

 エリアーナは③を選択した。
 イケメンエルフは頭を抱えている。
 何やらぶつぶつ自問自答していたが、すぐに顔を上げた。

「……言いたいことや聞きたいことはたくさんあるけど
 俺も今、とんでもなく空腹だから従うわ。
 あと、俺の名前ジルコだから。その変な呼び方やめてくれ」

 (エリアーナ)奴隷(ジルコ)
 こうして二人は初めの一歩を踏み出したのだった。