その週の土曜日、ひばりは繁華街に繰り出していた。会費の精算のために常田と待ち合わせだ。
今日も先日の合コンよろしく気合いの入っていない服装である。気晴らし程度に化粧にはラメや艶を加え、髪も巻いたが、それだけだ。
待ち合わせ場所に向かうと、先方は既に来ていた。5分前行動が板についているんだろうか。


「お待たせしました。」


ひばりがそう声をかけると、常田は安心したように笑った。


「いや、嬉しくって俺が早めに来ちゃっただけなので…。」
「はぁ…。」


拍子抜けするほど素直である。ひばりはこの数日、全神経を集中させて常田を警戒していた。というのも、やり口が策士だったからである。
ひばりの性格からして相手に金銭面で損をさせているのを放置することはできなかったし、待ち合わせ場所も上手いこと互いの家の中間地点の繁華街を指定されればそれを拒否する理由もない。
こうして上手いこと約束を取り付けられたものだからひばりは常田を警戒していたのだが、どうやら策士なのは常田本人ではないということに早々に気が付いた。実際策士なのは常田ではなく芹沢だったのだから、ひばりの推測は正しかった。


「あ、お金…。」
「えっと、往来のど真ん中で金のやり取りってのもナンだし、どこか入らない?」


常田の言うことは一理あった。確かに見栄えのするものではない。そしてちょうど昼時、腹が空いた頃合いだった。
金を立て替えてくれていた相手を無碍にすることもできず、ひばりは少し悩んだ末それを了承する他なかった。


「……じゃあ…。」


ひばりがそう答えると、常田はこれまた嬉しそうに笑った。「あっちに良さそうな店があって…」と常田が指差す先に何となく歩き始めた。
常田のスマホ画面を盗み見れば、オシャレなカフェを紹介するSNS記事が画面を埋め尽くしていた。どれも女性ウケしそうな店ばかりだ。


「同僚が詳しくて教えてもらったんだけど、ひばりさん何系がいいとかある?」


そう問われてソワソワした。常田とメッセージでやり取りをしていて、彼は私のことを『ひばりさん』と呼ぶんだなんてどうでもいいことにいちいち感想を持ったりしていた。そして対面した今、常田の声で直接呼ばれると何だかとてもむず痒い。
差し出された常田のスマホの画面をそっと覗き込むと自然と距離が縮まった。そんな距離の近さにもドギマギしてしまう。ついつい高校生か私はと自分にツッコミを入れる。
そんな騒がしい心中を悟られないよう、平然を装って答えた。


「ん〜…。和食…ですかね。」
「了解。和食だとー、こことかどう?」
「うん、美味しそう。」


2人はスマホ画面に表示された和食カフェを目指して繁華街を移動した。店までの道中、場所によってはすでにカンカン照りで蒸し暑さを感じる。夏にはまだ早いというのに。


「店あそこですよね。」
「そうだね。」


こじんまりとしたカフェからは列がはみ出しており、聞けば20分待ち見込みだという。


「どうします? 私待つのは得意だけど…。」
「俺、職業柄ひばりさんよりも忍耐には自信あるよ。」


そう返されてひばりはつい吹き出した。それもそうだ。現役の陸自官になんて勝てるわけがない。
そんなひばりを見て、常田も柔らかく笑った。


「やっと笑ってくれた。」
「えっ…。」


やだ私、そんなに仏頂面だった? ひばりはそこでやっと自分を振り返った。確かに警戒してはいたけれど、この人が悪い人ではないのは既に分かっているのに。


「ごめんなさい、私また失礼なことを…。」
「謝らないで…! そもそもひばりさんに関わりたくないって言われてるのに、譲歩してもらってるのはこっちだし…。」
「あ…。」


このままではキリがなさそうだ。自分がこの男に惚れなければいい。今日別れたらスッパリ忘れてしまえばいい。ただそれだけのことだ。ひばりは自分の気持ちの問題だと腹を括って食事を楽しむことにした。
腹を括って少し表情が柔らかくなったひばりを見て、常田はまた笑みを浮かべた。