「ゆ、悠斗?」
悠斗はしばらく、去って行く裕太の背中を睨みつけていたが、理央が声をかけると、我に返ったように理央を抱きしめる腕を緩めた。
「理央…、大丈夫?痛いところは?跡は残ってない?」
悠斗はすぐに、理央の両手首を確認する。
「う、うん…大丈夫だよ」
跡は残ってないと知り、悠斗は深いため息を一つはくと、脱力したように理央の肩に額をのせてくる。
「……良かった…」
悠斗がいる。
夢じゃない。
肩にかけられた悠斗の重みを感じて、悠斗が間違いなく現実に、目の前にいるという事実を実感する。
黒髪の柔らかな毛先が理央の頬をくすぐってくる。
自分の使っている物とは違うシャンプーの香りが鼻の奥に広がった。
落ち着きを取り戻しかけていた理央の心が、またザワザワと騒ぎ始めた。
今、自分の為に心を痛めている、目の前の男に触れたい。
その髪を撫でたい。
その身体に触りたい。
驚くほど単純な願望と悠斗を求める愛おしさが、この胸から溢れてきて、ドキドキが加速する____
悠斗はどうして、ここにいるの?
同時に、当たり前の疑問が頭の中をかすめていく。
「ゆ、悠斗…?アメリカは?」
二週間行くって聞いて、まだ全然たってない。
すると、悠斗は顔を上げて、ニッコリと笑った。
「理央が他の男に言い寄られてるのに、そんなところでおとなしく留まってなんかいられない。日本で出来る仕事は極力、日本でやらせて欲しいと親父に直接話をつけて、急いで帰ってきた」
「そ、そうなの…」
「帰国して、制服に着替えて、そのまま学校へ来たんだよ。でも、美術室へ行っても理央の姿がないし、探しに来ると、ここで理央があの男といるのを見つけて……」
さっきの事を再び思い出し、悲痛そうに顔を歪める悠斗。
そんな顔もすごく端正で、理央は更にドキッとする。
「壁に押しつけられて、迫られてる理央を見た時、気が狂うかと思った……」
悠斗は、長い指先で理央の前髪に触れながら、愛おしそうに見つめてくる。
「……間に合って良かった」と、キュッと抱きしめられた。
悠斗への気持ちを自覚してから、今、初めて悠斗と顔を合わせた理央。
この気持ちを打ち明けるのは二週間後だと思っていたから、突然の悠斗の登場に、理央の鼓動だって、最早狂いそうなくらいだ。
悠斗が、自分の為にアメリカから帰ってきてくれた。
嬉しくて、嬉しくて、たまらない。
喜びが風船のように膨らんで、幸せな気持ちで胸がいっぱいになる。
でも、理央の気持ちなど知る由もない悠斗は「本当に、危なかった…」と、理央の頭を引き寄せて、もう一度深くため息をついた。
