三春にもう一度礼を述べてから、保健室を出た理央は、美術室へ向かった。


 部活の時間は残り僅かになってしまったけれど、自分の気持ちを認めた今は、その清々しさから鉛筆を動かしたい気分だった。


 二階へ向かう途中の階段で「理央…」と自分の名を呼ぶ声を聞いた。


 見上げた理央の視界に飛び込んできたのは、一階と二階の踊り場に立っている裕太だった。


「裕太…」


 裕太はその手にカバンを持っている。


「帰るの?」


「あぁ」


 裕太とは昨日の保健室以来だったが、特に会話も見つからない。


 気まずさからスッと目をそらし、理央は早々と二階へ向かおうとする。


「じゃあね、また明日」


 裕太とすれ違いざま「なぁ、理央」と、またしても、名を呼ばれた。


 足を止め「何?」と振り向く。


「………俺が何を言っても、お前はもう、俺を信じてくれないんだろうな」


 その小さな独り言を、理央はうまく聞き取れない。


「え、裕太?」


 次の瞬間、裕太にいきなり腕を掴まれた。

 そしてそのまま理央の身体を、裕太は壁際に追いやってくる。


 身構えてもいなかった理央は、壁に背中を打ち付け、鈍い痛みに襲われる。


「っ……」


 その間に、裕太はいとも容易く、理央の両手首を理央の耳の横の壁に押し当ててきた。 


「ゆ、裕……」
      

 すぐ目前まで、裕太の真剣な顔が迫ってきていて、理央は感じた事のない恐怖を覚えた。