「じゃないと、理央をテラスに誘ったりしない。あんなふうに抱きしめたりしない。理央を散々傷つけておいて、次は手を出そうとしてる男を、今すぐ海に沈めてやりたいとは思わない」
悠斗は緩やかな声音でサラリと言ったが、後半の件に関しては、怒りで思わず本音が溢れた。
「俺の気持ち、伝わった?」
「うん……」
今度こそ、悠斗の気持ちはしっかりと理央に届く。
だけど、理央と悠斗は近い将来、兄妹になる運命。
それだけは、もう変えられない。
その事実が、理央の胸を、絞るように締め付けてくる____
「でも、理央の中ではもう、気持ちは決まっているんだよね?」
悠斗の言葉に、理央は目を開く。
悠斗は、やっぱり鋭い…。
私が何を思っているかも全部気付いていて、聞いてるんじゃないかって気になってくる。
「その理央の気持ちを、教えてくれないかな?」
だから、理央は今の自分の想いを、悠斗に正直に打ち明ける。
「………私ね、お母さんに今まで沢山心配と苦労をかけてきたから今度の再婚で幸せになってもらいたいの。もちろん、秀和おじさんも…。皆に幸せになってもらいたい。家族になりたい…」
「うん…」
「悠斗が私を想ってくれる気持ちすごく嬉しい。でも、今から家族を築こうとしているお母さん達が知ったらどう思うのかなって…。私はおじさんとの結婚を決めたお母さんを祝福してあげたいから、だから、悠斗の気持ちには答えられない……」
「…理央は、母親想いのいい子だね。理央は間違ってないよ」
理央の今の気持ちは、悠斗を落胆させるに違いない。
そう思っていたのに、返ってきたのは意外にも優しい言葉だった____
「確かに、俺が理央に惚れてるって知ったら、親父は本気でキレそうだし、涼子さんは泣き出してしまうかもしれない。だから、理央は理央の思うままでいいんだよ。俺は理央に、自分と同じ気持ちを強要するつもりは、これっぽっちもないんだ」
「悠斗…」
「でもね、俺は理央が好きだ。これだけは曲げられない。だから、いつでも理央に会いたいって思うし、他の男に取られたくないって思ってしまう。だけど、理央にいつか、本当に好きな人が出来た時は、俺は兄として、ちゃんと応援してあげるつもりだから、安心して欲しい…」
優しい声。
声だけじゃない、悠斗は本当に優しい。
どこまでも強い人だから、優しい心で人を愛せる。
全部、包み込んでくれる、広くて穏やかな海のような人だ。
そんな海にただ一人、プカプカと浮かんでいてもいいと言ってくれる。
全てを預けて、何も背負わないで、自分の思うように生きていてもいいと……。
「俺は、理央の気持ちを一番に尊重するよ」
どうして、兄なのだろう…。
悠斗のような素敵な人が、どうして自分の兄でないといけなかったのだろう………。
理央は一瞬、自分の境遇を呪いそうになった。
悠斗に、新しい家族を大切にしたいと告げたばかりなのだから、その事実を、きちんと受け入れなければならないのに、悠斗の理央を想う底知れない温かさに、理央の心は揺らぎそうになってしまう。
「悠斗、ありがとう」
そんな勝手な気持ちを抑え込むように、理央は胸の辺りをギュッと握った_____
