お風呂から上がりリビングへ入ると、涼子がちょうど仕事を終え帰ってきたところだった。
「理央、お夕飯もう食べた?」
「うん。お母さんのぶん、作ってあるよ」
「いつもありがとう、理央。明日は早く帰れそうだから、お母さんが作るわね」
涼子はいつも、遅くまで働いている。
理央が幼い頃に父親が亡くなって、それからずっと…。
「ねぇ、お母さん?」
「どうしたの?」
「おじさん達の事、何か聞いてる?」
「えぇ。昨日、あなた達がテラスに行ってる間に聞いたわ。しばらく仕事で、アメリカに行くって」
アメリカ……。
「か、帰ってくるんだよね?」
「もちろんよ。それがどうかした?」
「今日、学校に…悠斗がいなかったから…」
「悠斗君も連れてくって言ってたわ。将来、自分の右腕として動けるように、今から仕事を叩き込むんですって」
涼子は頼もしそうにクスクスと笑った。
「そうなんだ。いつ、帰ってくるのかな?」
「二週間くらいって言ってたかしらね」
「そ、そんなに!?」
思わず口調が激しくなった。
仕事なんだから、それくらいの期間は当然。
むしろ、短いくらいなのかもしれない。
それなのに……
「まぁ、理央ったら急にどうしたの?」
本当に、どうしたんだろう、自分…。
今日はずっとおかしい。
悠斗のことばかり、考えている___
「もしかして悠斗君の事、好きになっちゃった?」
「___!!」
ドクンと心臓が、一際、強く鳴った。
涼子のその一言に、理央は今日一番の動揺をみせてしまう。
「あら?」
涼子はすぐに娘の異変に気がついた。
元々母一人、子一人の暮らし。
いくら仕事が忙しく、顔をあわせる時間が少ないにしても、娘の事は何でも見通してしまうのが母親だ。
でも理央は、そんな母親の反応に気が付かないくらいに気が動転していた。
「そっ、そんなんじゃないからっ…!だって、悠斗は私のお兄さんになるんでしょう!?」
「そうね」
「それなのに、好きになるなんておかしいでしょ!?」
「あ、理央…」
理央はかけ足で自室に入り、ドアをバタンと閉めた。
母の再婚で幸せになるのは私じゃない。
ずっと苦労をかけてきた母じゃないといけない。
自分もそれを一番に、望んでいる。
秀和といる時の母の顔は、理央が今まで見てきた母の表情の中で一番満ち足りた笑顔だった。
理央は、秀和といる時の、母のそんな幸せそうな笑顔が大好きだった。
若くして愛する人を失った母に、娘を養う為にずっと苦労をかけてきた母に、今度こそ、おじさんと幸せな結婚生活を築いて欲しい。
母や秀和が、自分に気を遣うのなら、高校を卒業と同時に家を出て一人暮らしをしてもいいとさえ、理央は考えていた。
それなのにどうして「おやすみ」も言えずに出て来てしまったのだろう。
「おじさんと幸せになってね」って、一言、そう言ってあげれば良かった。
母の前の自分は、いつまでも幼い子供みたいだ____
