裕太は、もっと楽しそうに笑っていた。


「いつまでたってもお前って、だっせぇままだし、中学ん時から隣に並ぶのが嫌で仕方なかったんだよなぁ。幼なじみなんてマジでヘドがでるわ!」


 そこまで言われては、理央は認めるしかなかった。


 そっか…、私って、こんなに裕太に嫌われてたんだ。

 全然、気付かなかった。


 ズキズキと胸に何本もナイフが刺さるような感覚。

 血の出ない痛みに、無意識に胸を押さえた。


 そんな理央の苦しみなどお構いなしに、裕太の理央を傷つける言葉は途切れない。


「付き合おうって言ったら簡単に頷いたよな、お前。本当、バッカみてぇ!あの時は、笑い飛ばしたくて仕方なかったぜ!」


 遥は感情をこらえ切れなくなったように、プッと吹き出した。

 裕太も、その時の事を思い出すように声をあげて笑っている。


「…っ」


 屈辱的な気持ちにたえられなくなり、俯くと、涙で視界が霞んだ。

 
 震える足すら完全に見えなくなり、ちゃんと床に足を付けているのかも分からなくなる。



 「桜井さんって地味だし、目立たないし暗いし、それなのにずっと裕太の言葉鵜呑みにしてたの?まさか、裕太とつり合ってるなんて本気で思ってないよね?」



 浮気現場の目撃と、裕太の本音、遥の嫌味な笑い声が、理央の脳内をグルグルとまわっていた。


 吐き気を覚える程の目眩がする。


 私、どうしてこんな事になってるのかな?

 
 今日もいつも通りの毎日を過ごすはずだった。


 いつも通りに朝を起きて、授業を受けて、放課後は美術室で誰にも邪魔されずに大好きな絵を描く、それだけで良かったのに、美術室の隣、いつもは閉まっているはずの理科室が今日は開いていて、不覚にもここへ、足を踏み入れてしまったから。



「あれぇ?もしかして、震えてるの?ねぇ、やめてくれないかなぁ?私達が加害者みたいじゃん!本当の事教えてあげただけなのに」


「ったく!鏡でも見てこいよ!自分が今、どんな酷い顔してるか分かってんのかよ!」



 あぁ、もう駄目…。


 早く、ここからいなくなりたい。


 私なんて、いなくなった方がいい。


 消えて、なくなりたい!



 理央がそう思った瞬間だった。
 
 
 ふと、後ろから肩に触れる指の感触がした。


 そのまま体重を攫われるように、後ろから誰かの腕が回ってきて、抱きしめられるような格好になった。



「鏡なんか見なくても、理央は十分かわいいよ…」



 突然ふってきた、低く優しい心地よい声。

 
 理央の耳元で囁かれたその甘い声と爽やかな香りは、理科室に似つかわしくなかった。


 ずっと重かった身体が、雲になったかのようにフワフワと軽くなった。