そんな理央の泣き出したい気持ちを察したように、悠斗は「大丈夫、そんなに気にしないで」と囁いた。


 そしてまるで子猫にするかのように、理央の頭を優しく撫でてくれる。


 そうされると、沈んでいたはずの心が、空気のように軽くなってしまうのだから理央は不思議だった。


「ねぇ、理央?その先輩っていう呼び方、やめない?」


「俺たち、もう家族になるんだし」と、悠斗は理央にそんな提案をする。


「そ、そうですよね。えっと、じゃあ、お兄さん…がいいかな?」


「悪くないけど。理央は、俺の下の名前を覚えてる?」


 さっき、両親の前で、互いに自己紹介をしたばかりだ。


 でも理央は、それより前に、三春に教えてもらっていたけど。


「はい、覚えてます」


「じゃあ、言ってみて?」


 突然言われて、少しむず痒い。


 異性を名前で呼ぶのは、幼なじみの裕太くらいだったから、理央はちょっとだけ恥ずかしくなった。


「…ゆ、ゆうと……さん?」


 照れから、理央の声は小さくなってしまう。


 そんな理央の反応に、悠斗はとても満足そうに「正解」と笑みを深めた。


「さんは、付けなくていいからね」


「え、呼び捨てですか?」


「構わないよ。俺も理央の事呼び捨てだし。何より俺が理央にそう呼んでもらいたいから」


「で、でも…」


「ほら、言ってみて?」


「…っ、ゆ、ゆうと…」


 こんなの、理央は恥ずかしくて死にそうだ。

 
 でも、悠斗の方は理央に初めて名を呼ばれ、嬉しくて仕方がなかった。


 誰でもない理央に呼ばれるこの名が、この上なく特別に耳の奥にまで響く。


 こんな気持ちは、生まれて始めてだ。


 理央になら何度、名を呼ばれても嫌な気はしない。


 むしろ、まだまだ呼ばれ足りないと不満さえ感じる自分がいる。


「じゃあ決まり。それから敬語も禁止だよ」


 悠斗はそんな貪欲な自分に、こっそりと苦笑した。