連れられてきたのは、美術室だった。


 誰もいない美術室。

 昼の光の届かない、薄暗いそこは、馴染んだ絵の具の匂いがした。


 悠斗はそっと、理央を抱きしめた。

 
 悠斗の香りが鼻いっぱいに広がって、裕太に抱きしめられた時の不快感が徐々に薄れていく。


「理央…」と、切なげに名を囁かれる。

 理央には、悠斗が傷ついているのが分かった。


「悠斗は、裕太の事気にしてるんだよね?ごめんね、不快にさせて…。もう、触られないようにするから…」


 悠斗は「そうじゃないよ…」と首を振った。


「………確かに、あいつが理央を抱きしめているのを見て、気が狂いそうになったのは確かだけど…」


「理央はもう、俺のものなのに…」と、悠斗は呟く。


 理央は、悠斗の滑らかな頬を優しく包みこんだ。


 目の前の悠斗の瞳が悲しげに揺れている。

 こんな悠斗を見るのは初めてかもしれない…。


「俺はどう頑張っても、理央の幼なじみにはなれないから。ずっと理央に大切にされてきたあいつが、羨ましかった」


 正直に告げてくる悠斗に、理央の胸はキュンと鳴る。


 そんな事を思わなくても、私のこの先の人生は全て、悠斗のものなのに。

 悠斗が呆れてしまうくらい側にいて、愛を囁いてあげるのに…。



「それに、理央を恋人にするって、皆の前で言えなかったから……」


 悠斗は頬に触れる理央の手を、そのままきつく握る。


「ごめん…傷つけた」


 理央の手の温もりに縋るように目を伏せた。


「…悠斗は間違ってないよ。あれで、正解なんだよ?」


 理央は嬉しかった。

 今の悠斗は笑顔で隠そうとせずに、理央に本心を打ち明けてくれてるから。


「私達は心で繋がってるでしょ?だから私、淋しくないよ。こうやって側にいられれば、それだけで幸せだよ?」


「理央…」


「それにね、私、目立つの苦手だから、悠斗があそこで踏みとどまってくれてホッとしたの。だって、人気絶大の悠斗に堂々と恋人宣言なんてされちゃったら、私、明日から廊下、歩けなくなっちゃうよ?」


「大袈裟だよ…」とクスリと笑われた。


「そ、そんな事ないよ!食堂でいつも、あんな事になってるなんて私、知らなかったからっ」


「あんな事?」と、悠斗は微かに首を捻る。


「あ、あんなに、悠斗が沢山の女の子に囲まれてるの、知らなかったから、その、驚いちゃって…」


「驚く?」


「うん。恋する女の子の迫力とか、そういうの凄いなって…」


「なんだ…。理央、嫉妬してくれてたんじゃないんだ……」


「し、嫉妬…?」


 悠斗はあからさまに残念な顔をして、それから、何か考えるように難しい顔で黙り込んだ。


「悠斗?何考えてるの?」


「んー?理央を嫉妬させるには、どうしたらいいのかと思って…」


「えっ!」


「だって、俺ばかり嫉妬してるでしょ?俺も、理央を嫉妬させてみたいな?」


 嫉妬なら知ってる…。


 前に、悠斗が遥と一緒にいるところを想像しただけで、理央は嫉妬した。

 現実ではない、ただの勝手な空想なのに、悶えるように苦しくなった…。


 それに、今の食堂でのあの光景だって、決して平気だったわけじゃない。

 悠斗が自分じゃない、他の女の子を見て、会話して、しかも触られてるなんて。


 裕太が私にしてきたみたいに、あの女の子のうちの誰かが、もし悠斗を抱きしめてきたら、私だって気が狂ってたかもしれない。


 悠斗だって、もう、私のものなのに……