悠斗の笑顔を見て、理央の顔からサッと血の気が引いていく。
いつも、理央に見せてくれる優しい笑顔とは違い、今の悠斗は明らかに怒っている。
ものすごく、怒っている。
それが一目で分かるくらい、黒いものを抱えた悠斗の笑顔は凄みがあった。
「君は一体、誰の許可をとって、理央に触れてるの?」
ピンと張り詰めた空気が辺りに流れた。
「最初に、理央に指一本触れないと約束させたはずだけど?」
裕太の手の力が少しだけ緩む。
その隙に、理央は裕太からパッと離れた。
「それに、また同じような事をしたら、次はその胸ぐらを掴むだけじゃ終わらないとも言ったはずだけど?」
悠斗の変わらない笑顔が、場の空気を更に凍らせていった。
「あー、言われたけど、俺は諦めが悪いから、理央を譲りたくなくなったんだよね。先輩には悪いけど、理央はやっぱ俺がもらうわ」
裕太がサラリと告げて、理央は思わず身体を固くした。
ゆ、裕太、一体何言ってるの?
悠斗の顔、もう怖くて見れないよ…
けれど、悠斗はおかしそうにクスクスと笑った。
裕太の眉が一瞬険しくなる。
「何がおかしいんだよ…」
「君は理央の幼なじみだったよね。一緒に過ごしてきた時間は俺よりもずっと長いはずなのに、理央の魅力に気がついたのは最近なんだ?」
「んな事、ガキの頃から、いちいち意識するかよ…」
「そうやって言い訳しながら、今まで散々理央を傷つけてきたのに、突然現れた俺に取られかけて、やっと自分の気持ちに気がついて、必死に奪い返そうとして、本当にまだまだ子供みたいだね、君」
「何が言いたいんだよ」
「それで、今頃になって、嫌がっている理央に無理矢理触れてくるって、さすがに傲慢で自分勝手な感情だとは思わない?」
裕太は狼狽えた。
階段で嫌がる理央を見たときに気づき、密かに反省していた事の核心をつかれたからだ。
「幼なじみだからって、何でも許されるわけじゃない。理央は優しいから、君は今まで何度も気にかけられてきたはずだよね。一緒に育ってきたのなら当然、大切にするべき存在なのに、君の今までの理央に対する態度は全て間違ってる」
「裕太、確かにそれはないんじゃないかなぁ〜?」と、黙って聞いていた二人組の女子の一人が言った。
「私、裕太の事好きだけど、今のは瀬戸先輩の言う事が正しいと思う。裕太、なんか格好悪いよ…」と、もう一人の女子も言う。
周りで様子を伺っていた生徒が次いで頷いていく。
ヒソヒソと、裕太を噂する声までも聞こえてくる。
裕太は怒りで肩を震わせ、呟いた。
「…わざとか」
こいつは、この人の多い食堂の中で、周りの同情をかって、俺の立場を下げさせようとしていると裕太は気がつく。
こんな事をされたら、俺は学校内で迂闊に理央に近付けなくなる。
この先、自分がいない場所でも、俺から理央を守れる様に、あえて皆に、今の話を聞かせたのだから。
こいつを最初に挑発してやろうと思ったのに、のせられていたのは、俺の方だ____
悠斗は、笑顔を少しも崩さずに、裕太の耳元で告げる。
「俺は嘘は言ってない。あの時、理央を泣かせて、今更何事もなかったように口説いてくる奴が嫌いなだけ」
「…っ」
「俺は、理央を守る為なら何だってする。理央を初めて見た時から、そう決めてる」
この事態に気づき、何事かと近付いてくる生徒が増えてきて、理央は焦っていた。
隣で咲が、目をギラギラさせている。
きっと、この緊迫した場面を『美味しい』と思っているに違いない。
