「この手じゃ何も書けないな。板書、どうしよう」
 青空の下、三人並んで通学路を歩きながら、千聖くんは包帯に巻かれた手を見た。
 夏の朝は眩しい。朝陽がコンクリートに反射して、目が痛いほどだ。

「私が書いたやつ、コピーする?」
「ああ。必要だったらそうさせてもらう。国語の授業で作文とかなきゃいいけどなー。もうすぐ夏休みで良かった。不幸中の幸いってやつだな」
 そんなことを話しながら歩いていると、前方――電柱の傍に帽子を被った春川さんが立っていた。

「あれ、春川? おはよう」
「おはよう。怪我は大丈夫?」
 春川さんは足早に千聖くんに近づいた。

「大丈夫。二週間もあれば完治するだろうって」
「そう。なら良かったわ」
 春川さんは頷いて、これで用事は終わったとばかりに颯爽と背を向け、歩き出した。
 私たちは三人で顔を見合わせた。

「待てよ、春川。もしかして無事を確認するためにわざわざ待っててくれたのか? こんな暑いのに?」
 千聖くんは空に燦然と輝く太陽を見上げてから、再び春川さんの美しい横顔を見た。
 春川さんの額には汗が浮かんでいる。
 この暑い中、立っていたのだから当然だ。

「何よ。クラスメイトを心配して悪いの?」
 つんとした態度で春川さんが言う。
「勘違いしないでよね。あくまでクラスメイトを心配しただけよ。だから来見さん、変なやきもち焼かなくていいからね」
「や、やきもちなんて焼いてないよっ。ただちょっと――意外だったというか……」
「意外ってどういうこと?」
 春川さんが追及してきたため、私は怒られるのを覚悟で、おっかなびっくり言った。

「……春川さんって、いい人だったんだなあって」
「何よそれ。失礼な」
「うん。ごめん。私は春川さんのことを誤解してみたい。ああ、そうだ、私、まだお礼も言ってない。昨日、私を呼びに来てくれてありがとう」
 私は頭を下げた。

「どういたしまして。まあその、私もちょっと態度悪かったし。成海くんのこと好きだったから、来見さんが邪魔だったのよ。その……私も、ごめん。謝るわ」
 春川さんは長いまつ毛を伏せた後、一転して鋭い目で千聖くんを睨みつけた。

「でも、元はと言えば成海くんが悪いんだからね? 春に来見さんをどう思ってるか聞いたとき、ただの幼馴染だって答えたじゃないの。何が『ただの幼馴染』よ、ふざけるんじゃないわよ、全く。来見さんにベタ惚れで、振り向く可能性がゼロだっていうなら、最初から期待させるようなこと言うんじゃないわよ」
「ごめん」
 千聖くんは大真面目な態度で春川さんに頭を下げ、それから、私の肩を抱いて引き寄せた。
 えっ、と驚く暇もなく、千聖くんが言った。

「もう二度と『ただの幼馴染』だなんて言わない。もし教室で誰に聞かれても、ごまかしたりせずに、ちゃんと答えるよ。おれは愛理が好きだって。世界で一番好きで、大事だって」

「…………!!」
 ストレートな告白に、肩に触れる千聖くんの体温に、心臓が飛び跳ねる。
 かあっと頰が熱くなり、全身の血が沸騰するかと思った。

「……ふん。絶対成海くんより良い男を見つけてやるんだからっ。じゃあねっ、また学校で!」
 吐き捨てるようにそう言って、今度こそ春川さんは去っていった。