1ヶ月限定猫生活?!

気合で学校まで歩いてきたものの、私は生徒たちに捕まっていた。

その中には、私のクラスメイトだって何名かいたはずだ。


「きゃ〜、可愛い!迷い猫かなぁ」


「ちょっと猫ちゃん、抱っこさせてよ〜」


「撫でさせて〜!!」


お世辞にも陽キャとは言えない私。こんなにちやほやされたことなど無かった私だが、いきなり触ってくるとはデリカシーが無い、と思ってしまう。

そして、人間だった頃の面影がほとんど無いせいか、誰も私だと気が付かない。

まぁ、当たり前っちゃ当たり前だよね。

改めてなんてことしてくれたんだあのロリババ…ううん、いけないいけない…

写真をパシャパシャ撮られ、体をがしがし遠慮なく触られ…

気がつけば、あんなに艶だっていた毛並みはぼさぼさに、運動部の人に沢山絡まれたせいか全身泥だらけに、と言った具合で捨て猫同然の見た目になっていた。

みんながざわざわと私を取り囲んでいると、生活指導の先生がやってきた。


「全く…皆さんが教室に居ないと思ったらこんなところに…それに、野良猫に関わらず野生の生き物には感染症のリスクがありますから、むやみに関わらないように」


よりによって面倒くさい先生にあたってしまった。

生活指導の先生は、科学の先生。生徒たちからは怒らせると怖い、と言われている。


みんなは、「は〜い」とか「じゃあね、猫ちゃん」とか言って教室に入っていく。

ここで誰かがふざけて私を中に入れてくれるみたいな展開を期待していたけれど、現実はそうも行かないらしい。

やがて生活指導の先生と私は一対一になってしまった。


「さぁて、猫ちゃん。ここはね、貴方が来る場所じゃないからね〜、お家に帰りましょうね」


これが本当の猫なで声というやつなのか…

でも、今ここから去ることは出来ない。ここから去ったら、更に人間へ戻るヒントが減る!!

意地でも動くまいとその場に居たが、痺れを切らした生活指導の先生はこちらへ近づいてくる。


「ふに゛ゃ゛あ゛!!」
(痛い!!)


むんずと私の尻尾を掴んだ生活指導の先生は、私を門の外へ投げ出す。


「にゃぁ?!にゃにゃにゃにゃにゃ〜にゃにゃにゃにゃにゃにゃ?にゃーにゃにゃーにゃにゃにゃにゃっにゃーにゃにゃにゃ!!!」
(はぁ?!これが教師のすること?!人間に戻ったら動物虐待で通報してやる!!!)



「はいはい。いくら鳴いても学校に入れないし、ご飯は無いからね」



そう言われた私は、渋々、学校の裏門まで歩いていくのだった。


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一方職員室_____

「へぇ…朝、そんなことが?」



「そうよ。生徒を教室に返すの、マジで大変だったんだから。おまけに科学の先生のくせに動物虐待だ!!なーんて生徒に言われて…」


眼の前に居る彼女は、コーヒーをぐび、と飲み干した。

彼女の名前は秋口麗子(あきぐちれいこ)。生活指導部主任で科学の教師をしている、僕の同僚だ。


「んまぁね…猫の尻尾って意外とバランス能力保つとかの役割あるし、今頃困ってるかもよ?それに、猫にひどいことした人が化け猫に呪い殺される…なんて話も昔から多いしさ」



「また〜、(ともる)くんまでそんなこと言う〜。意地悪な国語教師〜!てかさ、灯くん春音ちゃん見てない?」


ぱしぱし、と肩を叩く秋口さん。彼女は僕に好意があるようだけれど、正直興味はない。

むしろ人付き合いが得意ではないので、勘弁してほしいところだ。

それに…職員室なんて生徒も外部のお客さんも来るんだからさ…


「春音?あぁ、B組の猫原 春音(ねこはらはるね)ね。僕は見てないけど」



「本当?実はまだ学校来てないのよね。灯くん、授業1時間目でしょう?」



「猫原が遅刻って珍しいな。僕の授業の日は熱で瀕死でも受けに来るくらいなのに…」



「熱で瀕死って…んまぁ、灯くんが生徒から人気なのは事実よね。羨ましいわぁ」



「何だ何だ、お世辞なんか言っても何も出ないぞ〜…それにさ、人気があるのも悩みものなんだよ」


「そろそろ教室行かなきゃな」と職員室を出ると、案の定そこには出待ちの列が。

はぁ、とため息を付きつつも、無視するわけにもいかず生徒の話に耳を傾ける。


「せんせー見て見て!これ、今日の朝校門の前に居た猫ちゃん!」


生徒が得意げに、スマホの写真を見せる。

そこには、真っ白な毛並みでオッドアイの綺麗な猫が居た。

結構好みの猫だな、と思いながらスマホの画面に見入る。


「ほぉ〜、可愛いな」



「でしょでしょ!でも〜、生活指導の麗子がね、尻尾掴んで外に投げたのよ!動物虐待よそんなの…ね、酷いでしょ!!先生からも何か言ってよ〜」



「はいはい。分かった分かった。確かに尻尾を掴んで外に投げたのは俺も酷いと思う。でもな、先生は呼び捨てにしないこと」


そう言ったタイミングで、チャイムが鳴る。


「やべっ」と僕は走って教室へと向かう。


「キミたちも、サボりはほどほどに!」


そう言って僕は、チャイムの余韻とともに教室へと滑り込んだのだった。


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「はぁ、はぁ…やっと入れたぁ…」


裏門は、表の校門よりかは背が低いため、そこから入ろうと試行錯誤してはや数十分。

猫になったから多少改善されたと思っていた運動能力。

実際はそんなこともなく、体力的な面では人間時代のものを引き継いでいるようだ。

折角神の力などが使えるのであれば、体力値だって猫仕様に上げてくれればいいのに…

ちなみに言語の方はもう直せる気がしない。

私からしたらちゃんと言葉を話しているのだけれど、聞こえる声はにゃーにゃー、である。

これから一ヶ月これって地獄すぎ…

そう嘆いたのもつかの間、今度は眼の前のドブに全身を突っ込む。


「なんで私がこんな目に…」


涙目になりながら、何とか校舎までたどり着く。

特別教室がある側の開いている入口から足を踏み入れる。

ぺた、ぺた、と泥を滴らせながら歩く。

当初の可愛らしい見た目はどこへやら。

まるで部屋の片隅で10年くらい放置されていた綿ぼこりのような見た目だった。


「灯先生の授業受けに行きたいのに!!」


そう思いながら歩いていると、眼の前になんと秋口先生が。


「あら?もしかして貴方朝の…」


さっきの二の前にならないようにすべく、私は走ってその場を逃げ出す。


「こら、待ちなさい!待ちなさいったら!!」


猫視点からすると、追いかけてくる人間はこうも怖いのか…

ただ、鈍くさい私はすぐに追いつかれてしまった。

もうこうなったら…


「渾身の猫パンチ!!」

「痛っ!!ホンットに可愛くないわね、この猫!!」


一か八かで爪を立て、秋口先生を追い払う。

秋口先生の口調、なんだか昼ドラとかの「この泥棒猫!!」みたいなノリだな、なんて。

また追いつかれる前に、とりあえず隠れることの出来る教室へと急ぐ。

ばさ!!と段ボールに詰めてある紙の上に隠れる。

ちょうど上には机があり、隠れやすい場所だった。


「も〜、どこよ!どこに行ったの?!」


秋口先生は半ばパニックになり、血眼で私のことを探す。

やっと気がついた。秋口先生、猫が苦手なんだ。

…いや、苦手というより、遺伝子的に嫌いっぽい…

そこへ、授業を終えた灯先生がやって来た。

意中の相手の思わぬ登場に、思わず硬直してしまう。


「秋口先生、どうかなさいました?」



「聞いてよ灯くん!!朝学校の外に出した猫が校舎うろついてて…捕まえようとしたら図書準備室に隠れちゃったのよ!」


ここ、図書準備室だったんだ。やけに灯先生の匂いがすると思った…って私の変態変態!!

ふと灯先生の方に目を向けると、ぱちっと目が合う。

灯先生は何かを察したようににこっと微笑んで、秋口先生の方へ向き直る。


「まぁ、そう大声で叫ぶと猫ちゃんも怖がっちゃうからさ。それに次の授業、実験の準備忙しいんでしょ?秋口さん」



「ん〜、まぁそうだけど…ちゃんと逃がしておいてよ?」



「はいはい、分かったよ〜」


そう言って灯先生は秋口先生を部屋の外に出すと、扉をぱたん、と閉めた。


「もう出ても大丈夫だよ〜」


灯先生は私にそう言ったけど、ここで動くべきか迷う。

だって、灯先生だってこれから何するか分からないじゃん…

そう考えて固まっていると、「やっぱ怖いか…ここは…これだよね♪」と灯先生はポケットをごそごそと探る。

普段は生徒に対して結構クールに接してる気がする先生だけど、こんなに楽しそうな表情するんだ。

なんだか微笑ましく思いつつ先生の方へ目をやると、猫好きなら見覚えのある赤いパッケージが目に入る。

そう。どんな猫も一瞬で虜にしてしまうおやつと名高い、有名メーカーの猫用おやつだ。

もしかして先生、いつも持ち歩いてたの?!流石に尊すぎでしょ…と先生の限界オタクがカンストしかけている。

先生がぺりっと袋を開ける。その瞬間、かつおの香しい香りが部屋中に充満した。

「ほら〜、おいでおいで!」と先生は手招きする。

色々なことがありすぎて空腹の状態の自分と、先生を独り占め出来ている喜び。

相乗効果でいとも容易く私は先生の手の中へと転がり込んで思い切り食いついてしまう。


「お〜、よく食べる、可愛いね〜」


そう言う先生が一番可愛い。


「はわわ…先生の手、温かい…」


思わず、そんな声が出る。ゴロゴロ…と猫が癒やされている時に出るような音まで出ている。

どうせにゃんにゃんしか相手には聞こえてないと思っていたけれど、先生は例外だった。

多分あの自称神が意中の相手として先生に特別な設定を授けたんだと思う。


「ね、猫原さん?」



「え!?…聞こえてました…?えっと、私、実は猫で、あぁ違くて…」


中途半端な説明のせいで、灯先生は困惑している。



「猫が、猫原さんで、猫原さんが猫で…?」



「あ、あーえっとこれには…」


私は困惑する先生に朝から起こったことを説明した。

流石に先生が好きで恋愛目的でお願いしたってのは言わなかったけど…


「つまり、猫原さんが通学途中に自称神を名乗る人に猫に変えられちゃったって事か…戻るまで一ヶ月もかかる、そして頼れる人は居ない…と」



「そうなんです、だから、今灯先生しか話が通じる人が居なくて…」



「そっか…とにかくここは危ないし、先生の家で元の体に戻るまで飼ってもいいかな?生徒が危険な目に遭ってるわけだし…それに…」



「それに?」



「猫、飼ってみたかったんだよね」と先生はふにゃりと笑った。

こうして、私は先生に飼われることになった。

なんか言い方ヤバいな。

先生に保護されることになった。

なんかこれもヤバい。

えっとこれは…なんて表現すべきなのだろうか…