ーSide 奏多(かなた)ー


俺は、彼女と出会ったあの日を今でも忘れない。



忘れてはいけない。



救急車で運ばれてきた少女は、まるで人形のようだった。



俺の問いかけにも、反応せず終始無表情で何も話そうとはしなかった。



だけど、そんな中で1つだけ読み取れることがあった。



それは、俺をまっすぐ見つめる君の悲しい瞳だった。



瞳は、人の心を映す鏡と言われている。


見つめられたその瞳は、光を失い深い闇を抱えているものだった。


『椎名花鈴(しいな かりん)』



それが運ばれてきた彼女の名前だった。



「花鈴ちゃん、手の治療だけさせてもらっていいかな?」



深い傷を覆い、血だらけになっている少女の手をガーゼで止血してから包帯で巻いた。




傷口は、思ったよりも深くて大量出血をしていた。




手だけでなく、全身が傷だらけで身体のあちこちから出血をしていた。



身体も小さい彼女から大量の血液が失われたせいなのか、食事を与えられていなかったせいなのか、少女の状態は良くなかった。




「中山さん。ここはもういいよ。花鈴ちゃんは、俺が病室まで送っていく。」




看護師の中山さんにそう伝えてから、彼女を抱き上げ車椅子に乗せた。



彼女は、ここで安心して入院ができるのだろうか。


今はきっと、ここを抜け出す体力は残っていないだろうから大丈夫とは思うけど…


十分に観察していないと、病院から逃げ出しそうで怖かった。



ゆっくり車椅子を押し、彼女を精神科の個室へと連れて行った。



彼女は、車椅子から降りてゆっくりとベッドに横になった。



それにしても…。



どうして、この子の親は来ないのだろうか。




そもそも、どうして警察官と一緒に来たのだろうか。





「花鈴ちゃん、何かあったらすぐにここを押して教えてね。」




俺は、ナースコールを彼女の隣に置いて分かるように説明をした。




花鈴ちゃんは、それを見ることなく俺に背を向けた。




「じゃあ、おやすみ花鈴ちゃん。」




そう花鈴ちゃんに言ってから、部屋の電気を消した。