「蘭、ちょっといいか?」

コンクール前日。
明日に備えて早めに切り上げられた練習の後、私は奏也先輩に音楽準備室に呼ばれた。

いつもはひしめき合っている打楽器が明日の為に運び出され、部屋はガランとしている。

先輩は窓際まで来ると、少し思案してから顔を上げた。

「蘭、コンクール前日にごめん。でもどうしても今日しか言えない気がしたんだ」

「はい。あの、なんでしょうか」

恐らく私の演奏についてのダメ出しに違いない。

指摘しようか迷っていて、やはりコンクールでこのままという訳にはいかないと、先輩は切り出すことにしたのだろう。

ただでさえ1年生でコンクールメンバーになった私は、先輩達の足を引っ張らないようにといつも気をつけていた。

何を言われるのだろうと、ゴクリと唾を飲み込んで身構える。
何を言われてもきちんと受け止めて、精一杯改善しようと拳を握りしめた。

(明日までに直せるかな?でもとにかくがんばる!今日1日しっかり練習して直してみせる!)

先輩が口を開いた。

「蘭、俺とつき合って欲しい」

「はい、がんばります!」

………え?と、しばしの間の後、二人同時に聞き返していた。

「がんばるって何を?」「つき合うって何に?」

これもまた同時に聞き返し、ポカンと互いに見つめ合う。

「ちょっと待て。何かバグったか?時空が歪んだとか?」

先輩は思わずといった感じで、私を手で制する。

「俺、なんか変なこと言ったかな?」

「えっと、なんておっしゃいましたっけ?」

「多分、俺とつき合って欲しいって言ったと思うんだけど…」

「はい、私もそう聞こえました」

「じゃあ、がんばりますっていうのは?何をがんばるの?」

「えっと、練習です」

先輩はまたもやポカンとする。

「やっぱりどっかでバグったな」

そして一度視線を外して考え込んでから、よし、と気合いを入れ直す。

「リセットしてやり直そう。いいか?再起動からな」

「あ、はい」

私も姿勢を正して身構える。

「蘭。俺、お前が入部してきた時から気になってたんだ。いつも隣で一生懸命練習して、俺がアドバイスすると真剣に頷いてくれて。今の良かったぞって褒めると、嬉しそうにニコッて笑うお前のことを、いつの間にか好きになっていた」

「…………は?」

もしかしてこれは、告白というやつだろうか?

「大事なコンクールの前日にごめん。でも俺、明日のソロでは蘭への気持ちを込めて演奏したいんだ。あのソロは、大切な人への愛のメロディだから」

もしかしなくてもこれは、告白というやつだろう。

「返事は今しなくていい。明日、俺のソロを聴いて、それから気持ちを聞かせて欲しい」

それはやはり、さすが先輩です!素晴らしい演奏でした!とかいう返事ではなくて?

「じゃあ、明日。がんばろうな、蘭」

そのがんばるは、演奏をがんばるでいいのよね?

先輩が去った後も、私はしばらく動けずにいた。