「なんかさ、子どもの頃を思い出す。覚えてるか?俺と鈴ちゃんと蘭の三人で、遠くの公園まで遊びに行った帰りに迷子になったこと」

「あー、あったね。確か私とお姉ちゃんが4才の頃だったっけ?」

「うん、俺が小学2年生でさ。友達と一緒に大きな滑り台のある公園に行ったって話をしたら、鈴ちゃんも蘭も行きたい!って言って」

「そうそう!それで尊が連れて行ってくれたんだよね。楽しかったのに、帰り道で私がお姉ちゃんとふざけてかけっこしたら、小さい道に迷い込んじゃって…」

「そう。慌てて追いかけたのはいいけど、入り組んだ道で帰り方が分からなくなった」

「それで私とお姉ちゃんがワンワン泣き始めたんだよね。そしたら尊、『大丈夫だ。絶対に帰れるから』って、唇ぎゅーって噛み締めながら必死で言うの。あの時の尊の顔、今でも覚えてる。ほんとは尊が一番不安で泣きたかったんだろうね」

「あはは!どうだろ?いっちょ前に、お前達を絶対に守るって思ってたんだろうな」

「うん。あの時の尊、頼もしかった。私達の手を繋いで、励ましながら歩いてくれて。ようやく大人の人を見つけて、帰り道を教えてもらったんだよね」

「ああ、そうだったな」

私は尊を振り返って笑いかけた。

「あの時も今も、尊はいつだって頼もしいね」

「そうか?蘭こそ、あの頃に比べたら、随分大人になったよな」

「え、ほんと?そんなふうに思ってたの?」

意外な言葉に、私は真顔で尊を振り仰ぐ。

「ああ。鈴ちゃんが体調を崩す度に、蘭はどんどんしっかり者になっていった。おじさんとおばさんが、鈴ちゃんを心配して病院に泊まり込んでも、蘭は、私なら大丈夫!って、一人で留守番してたよな」

尊…と、私は言葉に詰まる。

「蘭、ほんとは熱があったのに、我慢しておじさん達に黙ってたこともあっただろ?俺が言おうとしたら、黙っててって。自分まで体調崩したらだめなんだって。あの時まだ7才とかだったのに。高校受験でも、おじさん達は鈴ちゃんの身体を心配して、近くて通いやすい女子校を何校も回って探して。仕方ないとは思うけど、蘭のことはいつも後回しにされてた。それでもお前は、一切泣き言や文句も言わずに、いつだって鈴ちゃんを心配して…」

そう言って、尊は後ろから私の頭をなでる。

「今だってそうだ。鈴ちゃんの為に、黙って何とかしようとここまで来た。まだお前、15才だぞ?」

私の顔を覗き込んで、ふっと笑みを浮かべる。

「もっとワガママになっていいんだよ。おじさん達には無理でも、俺には何でも言ってこい。おじさん達が鈴ちゃんを優先する分、俺は蘭を優先するから」

「尊…」

不意打ちの言葉に、私の目から涙がこぼれ落ちる。

「あれ?なんで涙が出てくるんだろ。おかしいな」

慌てて指で拭うと、尊は優しく私の頭を抱き寄せた。

「おかしくなんかない。お前が今までがんばってきた証拠だ」

耳元で語りかけられ、私はますます涙があふれてきた。

「私、がんばってたのかな?」

「ああ、がんばってた」

「もっと甘えてもいいのかな?」

「ああ、俺にならどれだけ甘えてもいい」

「ほんとに?」

「ああ、ほんとだ」

ついに抑え切れなくなり、私は尊の胸を借りて声を上げて泣き始めた。

「尊、私、私ね。お姉ちゃんが大切なの。だけど、ちょっと妬んだ時もあって。私はいつも後回し。仕方ないけど、割り切れなくて。でもお姉ちゃんが好きだから、いつも『ごめんね、蘭』って謝ってくれるから、いいよって答えるしかなくて。そう言いながら、良くないけどって拗ねたりもして。でも本当は、お姉ちゃんもお父さんもお母さんも、みんな大好きなの。ほんとなの」

「分かってるよ。そんなこと」

尊は何度も私の頭をなでながら、優しく笑う。

私は何も考えられなくなるまで、ひたすら尊の腕の中で泣き続けた。