僕、宮野葵は昔から人と話すことが苦手だ。誰かに話かけられても頭の中が真っ白になりしどろもどろになる。そんな僕がクラスで孤立するのは当たり前のことだった。別に今更1人でいることに悲しみも怒りも、辛さも何もない。あるのは虚無だけ。ただ、僕にとっての平凡な毎日がずっと続けばいいと思っていた。
そんな願いも早いうちに打ち砕けてしまった。
 いつも通りの時間に起き、電車に乗り、いつも通りクラスに入った時、普段僕に見向きもしないクラスメイト達の視線が僕に一斉に集まった。周りは僕を見ながらコソコソ話をしている。周りの視線に違和感を感じながらも僕は自分の席へと出向いた。その瞬間僕の平凡な日常が崩れる音がした。机には僕に対しての暴言、落書きがされていた。一体僕が何をしたというのだろう。僕はただ自分の日常を過ごしていただけなのに、ただ自分の日常が続けばいいと思っただけなのに。僕はただ落書きされた机を前にして立ち尽くしていた。
「誰がこんなことしたの?最低。」
そう言いながらタオルで僕の机を拭き始めるクラスメイトがいた。彼女は相川光(あいかわひかり)、学級委員長をしていて性格も明るく、常に周りに沢山の人がいる。僕には手を伸ばしても届かないそんな存在の人だ。
「ほら、君の机でしょ?ぼーっとしてないで一緒に拭いて。」
そう言って僕に可愛い猫の刺繍が入ったハンカチを渡してきた。僕はお礼を言うこともできずに、ハンカチを受け取るとただただ机を拭くことしかできなかった。
それからというもの彼女は毎日僕に積極的に話しかけてくるようになった。クラスメイトはまるで彼女が奇抜な物であるかのように見ていたが、彼女はその視線を気にすることもなく話しかけてくる。まるで向日葵の花のように暖かい人。けれど、そんな彼女もどうせ皆と同じように僕に呆れて距離を置くのだ。それに僕の平凡に彼女は必要ない。そう思いながら毎日素っ気ない態度で接していた。
 その日は帰路につき1人で歩いていた。いつもと同じ風景、なんの変わり映えもない。そんな面白味もない道をとぼとぼと歩いているとビルの下に人だかりができていた。何かあったみたいだが、僕はそこにいる野次馬達のように事件に興味を持つタイプではない。僕はそのまま帰ろうとした。だが、人だかりの隙間から見覚えのあるものが見えた。猫の刺繍のハンカチ。
明らかにそれは彼女のもので、いつのまにか僕は人だかりを退けてその野次馬達が興味を持つ何かの元へ動いていた。そこにいたのは、あの猫の刺繍のハンカチと冷たくなった彼女だった。あんなにも暖かくて優しい彼女が赤い液体を流しながら冷たくなっている。彼女の透き通ったような白い肌はあざと擦り傷だらけで今ついたようなものではなかった。-彼女が死んでいる。その事実に涙が溢れて止まらなかった。別に彼女のことが好きだったわけではないし、どちらかというと僕に取って迷惑な人、僕の日常には邪魔な人だった。なのにどうしてこんなに涙が止まらないのか。僕は僕の本当の気持ちに気が付いた。彼女への好意を自分自身で否定していたのだ。もっとちゃんと彼女と話していれば、接していれば。後悔が募る。
その瞬間頭に今までに体験したことのないような痛みが走った。