「失礼します! 二年一組の小川有誠です! 渋井先生に用があって来ました!」

 職員室の入り口で有誠が叫ぶと、鈴木先生というおじいちゃん先生が「小川君はいつも元気だねぇ」と孫でも見るような目をして言った。

 一方渋井先生は今にも机に倒れ込みそうな猫背、ひどいがに股、括った長髪は枝毛だらけだ。いつものごとく小学生のテスト用紙みたいな顔色だ。今日は何かもそもそと葉っぱを食っている。

「その植物は法的に問題ないんでしょうね」

 と有誠が言うと、渋井は無言で空袋を見せた。『葉隠さんちのベビーリーフ』という文字が書かれ、おじさんの似顔絵のシールが貼られている。有誠はなるほど、と呟いた。

「何の用だクソが」
「次に同じ語を使用したら教育委員会に告発します」
「クソ」
「そこだけ残さないでもらえますか」

 渋井は心底嫌そうに眉根を寄せた。

「いちいちうるせえな。今日は何ページだ」
「55です」

 放課後、教師に勉強を教わりに来るのは有誠自身のためでもあるが、ももちゃんに何か訊かれたら正確に答えたい気持ちも大きい。渋井が受け持つ生物学に、最近ももちゃんは特に力を入れている様子でもある。

 渋井は有誠の質問に対して、不健康そうな文字を付箋に書き殴りつつ解説した。

「分かったか。分かったよな。さあ帰れ。じゃあな」

 用が済むと、渋井は有誠をぶっきらぼうに追い払う。鈴木先生が、「渋井君ね、競馬に負けたからめちゃくちゃ機嫌悪いの。テラワロス」

「やいジジイ、てめ無理してそんな言葉使ってんじゃねえよ。逆に加齢臭きついんだよ」

「ほほほ。給料日まで頑張れよ小僧」

 鈴木先生は渋井の罵倒など意にも介さず、ズズッとお茶を啜った。

 渋井は競馬好きで、有誠の名前からどうしても有馬記念を連想してしまうらしい。逆に勝った時は機嫌が良く、机の中から誰かのお土産らしい湿気た煎餅を出して、有誠にくれたりするのだった。

 しかし、どんなに態度が変わろうが有誠にとって渋井はただの知識の入れ物でしかなく、何を言われても全く気にならないのだ。