目を覚ます。悲しいかな、もうこの悪夢じみた現実には慣れてしまって、心臓が高鳴ることも無い。ただ後味の悪い感覚が口に残っているだけだ。
 スマートフォンを確認してみれば、やはりグループからマナミ先輩の姿が消えている。これで私たちの先輩が全員消えてしまった。今部長になっているのは誰なのだろうか。残すところあと五人だ。あと何日生きられるだろうか。いや、生き延びなければならない、私は皆のために死ねるほど大きな器の持ち主ではないのだから。
 カリヤが唱えた組織票という方法。多数決で多数をとることで、自分の思いどおりに結果を操る方法だ。手を組んでいる人たちは生存が約束される。梯子を外されたリリカは明日の標的となってしまった。だが、リリカが殺されたところで、次に狙われるのは私だ。なにせ、男子たちは三人とも生きているのだから。
 私が思うに、裏切り者は必ず男子三人の中にいる。リリカが裏切り者なんてとてもじゃないけれど思えない。だから、私を狙ったあとに今度は自分たちを疑わねばならなくなるだろう。
 なら、それを早めて、組織票という作戦を壊せばどうだ? 少数派のリリカと私が生き残るには、それしか無い。
 そこまで纏まったところで、食事を終える。ごちそうさま、を言って立ち上がって、自室へと戻った。



「どうしてこうなったんだろう……」

 私は一人、部屋でそんなことを呟いていた。
 なんとなく眠れなくて、最新号の部誌をぺらぺらと捲りながら見返す。普段は幽霊部員のメンバーも提出しているから、部誌はそれなりの厚さがある。その中でも異彩を放っていたのはきっとカリヤだろう。
 カリヤは、純文学だらけの部誌の中で唯一ライトノベル風の物語を書き続けていた。きっと誰にもその良さが理解されないだろうに、きっちり毎回期限を守って提出してくるのだ。
 私は最初、彼とその友人・ヒイラギ君のことを避けていた。なんとなく、男子というのは近づきづらい。ハヤトのようなコミュ力の高い人ならまだしも、二人はいつも二人でやってきて二人で会話しているような人だ。
 だが、そんな状態を打ち破り、今の──いや、前の状態にまで持ち込んだのがミカン先輩だった。

──二人もゲームやろうよ。得意だべ?

 実のところ──いや、このゲームで明らかになっているけど──カリヤはかなりゲームに強い。きっと私なんかより頭が回るのだろう。
 カリヤが皆を言いくるめていくのはなかなかに面白かった。ミカン先輩が戯けて嘘をつくたび、カリヤが正論で突っ込み、その企みを挫くのがいつもの流れとなっていた。
 ヒイラギ君はその側近というか、窘める役をしていたと思う。カリヤの正論はときどき鋭すぎて人を傷つけかねないからだ。

──そこまで言ったら言いすぎじゃない?

 そんなことを爽やかな笑顔のままカリヤに言えるなんて、二人には相当な信頼関係があるようだ。カリヤもカリヤで、その言葉を聞くと静かになったものだ。
 カリヤはカリヤなりに頭を働かせ、自分が生き残る術を見つけて見せたのだろう。そして、真っ先にヒイラギ君に相談したのではないだろうか。彼は彼なりに、自分の相方を信用しているのだろう。
 事実、カリヤはヒイラギ君のことになると過度に心配性になったり、構ったりしていた。ゲームだけではなくて、実生活でもだ。

──ヒイラギ、お前そんなんだからすぐ騙されんだぞ。もうちょっと考えてから言えよ。
──カリヤほど頭が良くないんだよ、俺は……
──お前は頭良いだろ。

 そんな会話を聞いたのは、人狼ゲームでミカン先輩が見事全員を騙しきって単独で勝利したときだったか。ヒイラギ君はどこか優しすぎて騙されやすいところがあるように見えるから、カリヤはそれを心配していたのだろう。
 私はそんな姿を見るうちに、この二人を、面白いコンビだと思うようになった。ミカン先輩が輪に入れて遊び出すと、私も参加するようになっていった。ウヅキも、リリカも、私にならって仲間意識を持ち始めた。
 そう考えると、今カリヤたちといがみ合っているのが虚しい。ウヅキだってリリカだって、ヨザクラ先輩だってマナミ先輩だって、彼らのことを仲間だと、文芸部の一員だと思って関わっていたのに。
 そう思いながら、部誌を閉じた。それから、はっ、と気づいて冊子を見返した。
 ……もしかしたら、カリヤが冊子からアイデアを得たのだから、部誌を読んでみれば良いのではないか? 今みたいに、何かを思い出せるかもしれない。
 そうと決まれば、寝られないと言っている場合ではない。部誌を机の上に置いて、ベッドに潜った。


 
 外の景色を眺めながら再び回想する。
 二年生に上がった頃、私がまだ一人だった頃のことだ。友達とはクラスが離れてしまい、新しいグループ作りにも乗っかることができなくて、私は一人で本を読んでいた。別に一人でいることにストレスは無いけれど、何かと見た目で損をすることが多い。あの子は友達を作れなかったのだ、などと見られてしまえば、哀れを止めるどころか周りから浮いてしまう。
 そんな私に話しかけてきたのが、リリカだった。

──マキちゃんって、いつも何読んでるの?

 きらんと輝く瞳、悪意無き笑顔。私はそれを最初、眩しくて鬱陶しいものだと思った。私に話しかけてくるなんて変わり者だな、と思いつつ答えた。

──江戸川乱歩だよ。
──えどがわ、らんぽ? あ、歴史の授業でやったね。どんな小説を書くの?
──まぁ、ミステリーかな。

 私の話にも耳を傾けてくれて、聴いているだけで楽しいといった様子だった。最初こそ、生徒会にも入っていて、運動部に入っているような陽キャが何の用だろう、と訝しんでいたけれど、そんな会話が毎日続くうちに、私も心を許して良いかな、という気になった。
 そうしているうちに、彼女の幼なじみであるウヅキとも話すようになった。こっちはリリカとは反対に根暗でさばさばしていた。リリカの天然ボケに鋭く返す様はまるで漫才のようで、見ていてさほど退屈しなかった。
 ウヅキは私のことを幼なじみが友達と呼んでいる人だという程度にしか考えていなかっただろうし、私も結局はリリカ越しにしか彼女とは仲良くできなかった。でも、それなりに楽しい時間を過ごせていたつもりだ。
 リリカはそういう意味でも特別な友人だった。きらきらしているけど、どこか抜けている。優等生なのにそれに驕ることは無い。私のことを奇異な目で見たりはしない。人と関わるのが面倒で、ちょっと真面目で、その裏で娯楽を求めている本性があるのを、笑ったりはしない。

──マキちゃんっていっつも怖い本読んでるよね。
──まぁね。怖いのが好きだから。
──わぁ。私は怖いの苦手だから読めないけど、きっと面白いんだろうね!

 そんな会話をしたな、と、頭を過った。その時の彼女の笑顔は、煌めく一等星のようだった。
 そうしていると、電車が目的地に着く。鉄の棺桶から、人がわっと出ていく。皆死んだ顔をしている。私たち高校生であれど、つまらない顔をしてしまいそうなのをなんとか隠しているだけだ。
 嗚呼、つまらない、もっと刺激が欲しい──デスゲームが始まる前は、ずっとそう思って過ごしていたことを思い出した。
 当たり前のように登校して、当たり前のように授業を受けて、そんな中に一つ咲いていた、莉々華(リリカ)という花。それですらも枯れてしまいそうになっている。私はそれを守るために、多少頑張らなくてはならないようだ。
 教室に辿り着いても、始業のチャイムが鳴っても、リリカの姿は無い。今日は休むことにしたのだろうか。精神的に不安定になるのも当然だ、昨日あれだけ脅されたのだから。だとしたら、昼の間は一人ぼっちで作戦会議をしよう。それまでは、普通を守っていよう。
 今日もペンを取る。私が一人戦っていることを、このつまらない生徒たちは誰も知らない。