「いやぁ……最高だよ。やっぱりハヤト君の作品が無いと生きていけないよ……」
「先輩、それは言い過ぎでは? でもまぁ、嬉しいです」
意識が浮上する。どうやら物語に集中しすぎたみたいだ。隣では神崎蜜柑先輩がやや芝居がかった様子で泣き真似をしている。それに対してツッコミを入れているのは相原隼人だ。
ミカン先輩はハヤトの原稿を置くと、泣き真似を止めて親指を立てた。どうやらお気に召したらしい。ハヤトは照れ臭そうに頬を掻いた。
確かに、ハヤトの物語は良いものだった。夜の図書館にて、様々な悩みを抱えた人々が集まる群像劇モノ。高校生になって文芸部に入ってから筆を執ったと言っているわりには完成度が高いと思う。彼の書く風景描写には引き込まれるものがある。
「凄い良かったと思う。特に夜中の図書館から出ていくところ……月夜の下で、司書さんと主人公が話してるところ。まるでプラネタリウムを見てるみたいだった」
「そこまで言われると嬉しいな。マキはホント見る目あると思う」
「そうかなぁ」
逆に褒められてしまった。でも、確かに自分には物語を見る目はあると思う。読書家であることは二人より勝っていると思えるからだ。
こうやって小説の講評をする時間が私にとって幸せな時間の一つだった。私の小説を褒めてもらったり、他の人の小説を読んで心を動かされたり。ミカン先輩はいつもオーバーリアクションなくらい褒めてくれるし、ハヤトは緻密に私の小説を読んで褒めてくれるし。そんな二人のことを私は信頼して、こうして部誌にも載せないような作品を見せているのだ。
ミカン先輩は次の私の原稿に手を伸ばそうとした、のだが、そこで他の部員が来た。片方はいつもどおりの活発そうな様子、胡桃莉々華。もう片方はいつもどおりの死んだ目、卯月理央だ。こんにちは、と元気に話しかけてくるリリカに、ミカン先輩は笑顔を向けた。
「リリカさんはいつも元気そうで良いなぁ、アタシなんてもう……今日はカフェオレ飲んだらふらふらで」
「えーっ! 帰ったほうが良いんじゃないですか!?」
「いつものことだから、クルミ。それより……お邪魔しました」
「お邪魔なんてとんでもない! 二人が来るなんて珍しいね」
ウヅキの言葉に、ハヤトがにこにこして答える。赤い目が細められるけれど、その裏に何があるかは読み取りづらい。ウヅキは、まぁね、と答えてから、リリカと一緒に席に着いた。
黒いポニーテールでメイクがオシャレなリリカ、少しぼさぼさな髪のウヅキ、茶髪にピアスがばちばち付いたミカン先輩。こうして見ても、やはりハヤトは目立っている。黒髪に茶髪が並んでいる中、一人だけアルビノだから白い髪をしているからだ。その中で私は目立っているタイプではないと思う。だって、校則だって守っている「優等生」だから。
ウヅキが首をさすりながら話し始める。眼鏡の下は相変わらず目が死んでいる。
「リリカはバレー部休みだったし、うちは暇だったから」
「だって実質オレたち以外は幽霊部員みたいなものじゃん?」
「幽霊部員っていうか……遊びに来てるだけというか……」
ハヤトの言葉に付け足せば、皆がどっと笑った。実際、ハヤトの言うことは本当だ。いつもは私とハヤト、ミカン先輩が集まって小説談義をしているだけだ。幽霊部員たちは部誌を作るときだけ集まって、それ以外は集まる必要が無いのだが、人が集まってくるとそうはならない。
今日は何かあるのだろうか、笑っている私たちのもとに二人の女子がまたやってきた。ミカン先輩同様、背の低い二人だ。片方はゲームをしながら部屋に入ろうとしたからか、可哀想なことに扉に顔をぶつけている。
「ナナコちゃんにマナミまで。別に部誌作るわけじゃないのに……」
「いったぁ……いやぁ、暇だったからさー」
「わたしも暇だから来ちゃった」
「うんうん、ゲームの機運が高まってきたね」
「ゲームの機運って何……?」
ミカン先輩に真波綾音先輩がツッコミを入れる。隣の夜桜奈々子先輩もクスッと笑って席に着いた。
こうなると、集まっていないのはあと二人、ハヤトの友人たちだけだ。だが、これで充分だと考えたらしい、ミカン先輩は原稿を私たちに返してスマートフォンを手に取った。そして皆に見えるように立ち上がり、歯をにっと見せて笑んだ。後ろでカーテンがふわりと広がり、白い光が彼女に差す。部員たちの目に光が入り込む。
「さて、今日は何のゲームで遊ぶ? 人狼ゲーム? ワードウルフ? それとも──」
そう、ここ文芸部は、人が集まると、部長たるミカン先輩の一声でただのゲーム愛好会になるのだった。ゲームだったら、学校一盛り上がれる部活は、ここだ。
普段真面目に授業を受けている高校生たる私たちに必要なのは、娯楽。退屈な日常を壊してくれる、ゲーム。傍から見たら引かれてしまうくらい盛り上がって、気がつけば時間が経っている。
私もこの時間が好きだ。なんたって、ゲームが好きだから。マナミ先輩みたいに常にゲームをしているわけではないけれど、刺激的なことが好きな自覚はある。
何のゲームになるだろうか、原稿をファイルに入れつつ話を聞いていると、誰かが、あれ、と声を上げた。
「何このアプリ……」
ミカン先輩がそちらを見る。それからスマートフォンへと目を落とした。すると、ミカン先輩も同じように、何これ、と声を上げたのだった。
ざわつく皆につられて、私もスマートフォンを見る。そこには、インストール中、と表示された白いアイコンのアプリがあったのだった。
「あれ、マキちゃんもある?」
「ある……リリカも?」
「何だろう、リオちゃんにもあるんだよね……」
「うちこんなアプリ入れたこと無いけど……」
皆の目に、白い四角のアプリが光となって入り込む。それは私もそうだった。ローディングの表示が終わるのを待ちわびていたのだ。それは、スマートフォンを持つ人々にプログラムされた行為。誰もがしてしまう行為。甘い甘い期待の感情。
ローディングが終われば、誰しもがそのアプリをタップして開こうとする。それは私もそうだった。
そこで、暗転。意識はバチッと電気を切られたように無くなって、目の前が黒に塗り潰された。
「先輩、それは言い過ぎでは? でもまぁ、嬉しいです」
意識が浮上する。どうやら物語に集中しすぎたみたいだ。隣では神崎蜜柑先輩がやや芝居がかった様子で泣き真似をしている。それに対してツッコミを入れているのは相原隼人だ。
ミカン先輩はハヤトの原稿を置くと、泣き真似を止めて親指を立てた。どうやらお気に召したらしい。ハヤトは照れ臭そうに頬を掻いた。
確かに、ハヤトの物語は良いものだった。夜の図書館にて、様々な悩みを抱えた人々が集まる群像劇モノ。高校生になって文芸部に入ってから筆を執ったと言っているわりには完成度が高いと思う。彼の書く風景描写には引き込まれるものがある。
「凄い良かったと思う。特に夜中の図書館から出ていくところ……月夜の下で、司書さんと主人公が話してるところ。まるでプラネタリウムを見てるみたいだった」
「そこまで言われると嬉しいな。マキはホント見る目あると思う」
「そうかなぁ」
逆に褒められてしまった。でも、確かに自分には物語を見る目はあると思う。読書家であることは二人より勝っていると思えるからだ。
こうやって小説の講評をする時間が私にとって幸せな時間の一つだった。私の小説を褒めてもらったり、他の人の小説を読んで心を動かされたり。ミカン先輩はいつもオーバーリアクションなくらい褒めてくれるし、ハヤトは緻密に私の小説を読んで褒めてくれるし。そんな二人のことを私は信頼して、こうして部誌にも載せないような作品を見せているのだ。
ミカン先輩は次の私の原稿に手を伸ばそうとした、のだが、そこで他の部員が来た。片方はいつもどおりの活発そうな様子、胡桃莉々華。もう片方はいつもどおりの死んだ目、卯月理央だ。こんにちは、と元気に話しかけてくるリリカに、ミカン先輩は笑顔を向けた。
「リリカさんはいつも元気そうで良いなぁ、アタシなんてもう……今日はカフェオレ飲んだらふらふらで」
「えーっ! 帰ったほうが良いんじゃないですか!?」
「いつものことだから、クルミ。それより……お邪魔しました」
「お邪魔なんてとんでもない! 二人が来るなんて珍しいね」
ウヅキの言葉に、ハヤトがにこにこして答える。赤い目が細められるけれど、その裏に何があるかは読み取りづらい。ウヅキは、まぁね、と答えてから、リリカと一緒に席に着いた。
黒いポニーテールでメイクがオシャレなリリカ、少しぼさぼさな髪のウヅキ、茶髪にピアスがばちばち付いたミカン先輩。こうして見ても、やはりハヤトは目立っている。黒髪に茶髪が並んでいる中、一人だけアルビノだから白い髪をしているからだ。その中で私は目立っているタイプではないと思う。だって、校則だって守っている「優等生」だから。
ウヅキが首をさすりながら話し始める。眼鏡の下は相変わらず目が死んでいる。
「リリカはバレー部休みだったし、うちは暇だったから」
「だって実質オレたち以外は幽霊部員みたいなものじゃん?」
「幽霊部員っていうか……遊びに来てるだけというか……」
ハヤトの言葉に付け足せば、皆がどっと笑った。実際、ハヤトの言うことは本当だ。いつもは私とハヤト、ミカン先輩が集まって小説談義をしているだけだ。幽霊部員たちは部誌を作るときだけ集まって、それ以外は集まる必要が無いのだが、人が集まってくるとそうはならない。
今日は何かあるのだろうか、笑っている私たちのもとに二人の女子がまたやってきた。ミカン先輩同様、背の低い二人だ。片方はゲームをしながら部屋に入ろうとしたからか、可哀想なことに扉に顔をぶつけている。
「ナナコちゃんにマナミまで。別に部誌作るわけじゃないのに……」
「いったぁ……いやぁ、暇だったからさー」
「わたしも暇だから来ちゃった」
「うんうん、ゲームの機運が高まってきたね」
「ゲームの機運って何……?」
ミカン先輩に真波綾音先輩がツッコミを入れる。隣の夜桜奈々子先輩もクスッと笑って席に着いた。
こうなると、集まっていないのはあと二人、ハヤトの友人たちだけだ。だが、これで充分だと考えたらしい、ミカン先輩は原稿を私たちに返してスマートフォンを手に取った。そして皆に見えるように立ち上がり、歯をにっと見せて笑んだ。後ろでカーテンがふわりと広がり、白い光が彼女に差す。部員たちの目に光が入り込む。
「さて、今日は何のゲームで遊ぶ? 人狼ゲーム? ワードウルフ? それとも──」
そう、ここ文芸部は、人が集まると、部長たるミカン先輩の一声でただのゲーム愛好会になるのだった。ゲームだったら、学校一盛り上がれる部活は、ここだ。
普段真面目に授業を受けている高校生たる私たちに必要なのは、娯楽。退屈な日常を壊してくれる、ゲーム。傍から見たら引かれてしまうくらい盛り上がって、気がつけば時間が経っている。
私もこの時間が好きだ。なんたって、ゲームが好きだから。マナミ先輩みたいに常にゲームをしているわけではないけれど、刺激的なことが好きな自覚はある。
何のゲームになるだろうか、原稿をファイルに入れつつ話を聞いていると、誰かが、あれ、と声を上げた。
「何このアプリ……」
ミカン先輩がそちらを見る。それからスマートフォンへと目を落とした。すると、ミカン先輩も同じように、何これ、と声を上げたのだった。
ざわつく皆につられて、私もスマートフォンを見る。そこには、インストール中、と表示された白いアイコンのアプリがあったのだった。
「あれ、マキちゃんもある?」
「ある……リリカも?」
「何だろう、リオちゃんにもあるんだよね……」
「うちこんなアプリ入れたこと無いけど……」
皆の目に、白い四角のアプリが光となって入り込む。それは私もそうだった。ローディングの表示が終わるのを待ちわびていたのだ。それは、スマートフォンを持つ人々にプログラムされた行為。誰もがしてしまう行為。甘い甘い期待の感情。
ローディングが終われば、誰しもがそのアプリをタップして開こうとする。それは私もそうだった。
そこで、暗転。意識はバチッと電気を切られたように無くなって、目の前が黒に塗り潰された。