昼休みが終わる頃にはリリカは戻ってきていたようだった。退屈な授業が始まる。その一部、ときどき先生が変な動きをするのだけれど、誰も気にしていない。これが今までノンプレイヤーキャラクターとして生きてきたこととの違いだろうか。この世界がゲームである、と分かりながら見るとまた違った風景に見えるらしい。ハヤトはこんな世界で生きてきたのだろうか。
 授業が終わり、荷物を纏めていると、リリカが不安そうな面持ちでこちらに話しかけてきた。顔色が悪い。顔色がころころ変わって分かりやすい子だ、と思った。

「今日で最後……だよね、マキちゃん」
「そうだね。裏切り者を見つけないと終わりだ」
「見つけられるかな、裏切り者……」

 リリカはそんなことを言う。嗚呼、目の前の人間が裏切り者だと知ったら、その顔はどう歪むだろうか。それはとても可哀想な気がして、何も返す言葉が思いつかなかった。
 私が何も返さずにいると、リリカは私より先にスクールバッグを肩に掛け、歩き出してしまった。私はその後を追う。隣に並び立っても、リリカの不安げな顔は変わらなかった。
 文芸部に辿り着く。リリカは一瞬足を止めたが、小さく頷くと、一歩踏み出し、黒い空間へと消えていった。
 立ち止まった私の後ろから、上履きの足音が聞こえてくる。振り向けばそこには、少し背の高い男子が立っていた。

「最終日はこれからだね、マキ」
「……ハヤト、何もしないんじゃないの?」
「何もしないよ。ただ、マキとちょっと話したいなと思って」
「ゲームは大丈夫なの?」
「大丈夫だって。ヨルに少し時間を貰ったから」

 そう言ってハヤトは肩を竦めた。
 私としても訊きたいことはある。承諾すれば、ハヤトは隣の美術室へと足を運んだ。私もそのあとをついて行く。
 一歩、足を進めたところで思わずふらつく。地面が黒とフローリングで途切れ途切れになっていたからだ。黒いところには紫色の零と一が浮かんでいた。今まで私たちが普通に使っていたはずの美術室は、そんな継ぎ接ぎの先に、椅子が二つあるだけになっていた。
 ハヤトは振り返ると、あーあ、と他人事のように声を上げた。それからクスクスと笑う。

「この辺もちゃんと作られてないからさ。NPCだったオレたちにはちゃんと見えてたのにね」
「だから先生がバグって見えてたりしたんだ……」
「そうだね。今はいわばデバッグモード、他の人が見えてない景色が見えるのも当然ってことかな」

 ハヤトはくるりと椅子の周りで回って、すとんと座り込んだ。私はその向かいに静かに座る。
 さて、とハヤトが言う。彼は手を組み、にこりと人が良さそうな笑みを浮かべた。

「オレからも訊きたいことがあるけど。どっちから話そうか?」
「そっちからでいいよ」
「そうだなぁ……マキはさ、どうしてこんなゲームを始めようと思ったの?」

 さっそく困る質問だ。だって、ゲームを始めたのは私じゃなくて私を作った作者だ。もっと言えば、この世界はヨルのためにあるのであって、私のためにあるわけじゃない。
 私がそう答えれば、ハヤトは、うんうん、と頷き、人差し指を立てて手を動かした。

「質問を変えようか。マキはさ、どうしてこんなゲームを続けようと思ったの? ヨルはマキのお願いなら聞いてくれたかもしれないのに」
「ノーコメントで」
「えー? ノーコメント?」
「それを言ったらつまんないでしょ」

 ふーん、とハヤトは退屈そうに言った。
 人はときどき彼を「掴みどころが無い」と表現するけれど、それは違う。彼は明確に不機嫌になるし、明確に退屈になるし、明確に感傷的になる。そんなことを言う奴は本当のハヤトを知らない──そう思うのは、私が本当のハヤトを知っているからだろうか。
 ともかく、私からも聞きたいことがあるのだ。ハヤトが飽きる前に訊かなければ。

「訊きたいことが二つあるんだけど」
「ん? いいよ」
「一つ目。いつヨルに会いに行ってたの?」
「あー、アレだよ、マキがカリヤと組織票の話をしてた朝だよ。一人で行ったら変な空間に飛ばされて、びっくりしたよね」

 組織票の話をした日、確かにハヤトはその場にいなかった。まだ学校に来ていないのではないか、とヒイラギ君は言っていたが、そのときだったとは。
 だとすると、次に訊きたいことがさらに気になる。

「二つ目。ウヅキに入れたの、ハヤトだよね?」

 二日目のこと。全員が全員に一票ずつ票を入れれば平和に終わると思っていた私たちを混乱に陥れたのは、ウヅキに二票入ったことだった。隣の人に入れる、というルールから、リリカが入れることはできないはずだ。私も隣の人に入れた。そうすると、私以外の誰かがウヅキに票を入れたことになる。
 そして、それを考えついたのは、ヨルに会うよりも前の話だということだ。
 ハヤトはケラケラ嗤うと、そうだよ、と軽く言ってのけた。

「そうだよ」
「そうだよ、って……なんでそんなことしたの? やっぱ、裏切り者だから?」
「そうだなぁ……それもある。でも、単純に面白そうだと思ったからだよ」

 面白そう、そう言う彼に罪悪感の欠片も感じられなかった。まるで子供が石でアリを潰しているような、そんな感じだ。無邪気と言うべきか、邪悪と言うべきか。
 彼は嗤って続ける。それは彼の独白のような、独り言のようなものだった。

「オレさ、退屈だったんだよね。勉強がそれなりにできて、それなりに良い高校に入学できて、それなりに友達が出来て、それなりに親におべっか使って……でもそのうち、そんな繰り返しが嫌になった。そんなとき、小説っていう新しい趣味が出来てさ……そこに逃げるようになってた」
「だから成績悪かったんだ」
「酷いなぁ。まぁ、事実なんだけど」

 ハヤトは遠くを眺める。窓の外はサイケデリックな紫色の空が広がっていて、黒い雲がたなびいていた。夕日を隠すと黒い雲の周りが光って綺麗だった。

「外の世界のオレもそうだったんだろうね。いつからか刺激を求めるようになってた。ゲームとかもしてみたんだけどさ……でも、それでも足りなかった。この灰色の日常を、消費するように過ごすのには」
「それで、殺し合いに手を伸ばしたの?」
「そうなんじゃないかなぁ。オレにもよく分からないけど。でも一つ分かったのがさ──あのタイミングで皆を裏切ったら、最高に面白いだろうな、って」

 ハヤトの隠れた片目が奥でぎらぎらと赤く光る。その光に思わずぞくりとしてしまう。彼の表情は、興奮そのものだ。

「ミカン先輩を殺してしまったときから、気がついてたんだよ──凄い悲しいのに、なんだかわくわくしてたんだ。それでも凄く冷静だった。あの場で泣いたり笑ったりはしなかったけどさ、帰ってからじわじわと愉しくなっていったんだ」

 私は肯定も否定もしない。ただハヤトのことを見つめている。ハヤトは芝居がかった動きで続けた。

「それから、オレは裏切り者なんだ、って実感が湧いてね。あんなに死ぬのを怖がってるウヅキが死んだらどうなるだろう……って思ったんだ。結果は予想どおり、醜くって面白い足掻き方をしたよね」
「全部興味本意でやったんだ、あんたは」
「でも、マキだってそんなもんじゃない?」

 ハヤトは笑みを潜め、私を見つめる。その奥で光が宿っているのは確かだけれど、その温度が低くなったような気がした。

「退屈な日常に飽き飽きしてて、そんな中に現れたデスゲーム。内心わくわくしてたんじゃない?」
「……さぁね」
「非日常っていうのはこんなにも人を醜く変えるんだって、誰かの不幸が気持ちいいって、思わなかった?」
「後者は分かんないけど。前者の気持ちは分かるよ。皆々殺し合いのせいで狂ってしまった……私が大好きだった、文芸部員が」

 そうだ、皆々狂ってしまったんだ。ウヅキだって本当はちょっと辛辣だけど友達思いの奴だし、ヨザクラ先輩とマナミ先輩はもっと明るい人だった。カリヤだって変わってるけど嫌な奴じゃなかったし、ヒイラギ君はあんなに怖い奴じゃなかった。それに──リリカは人の死を見て目を輝かせるような、そんな人じゃなかった。
 リリカは確かに、シャーデンフロイデに目覚めていたのだ。目の前の狂人・ハヤトと同じように。
 それが私は、悲しい。

「私は悲しいよ。皆が死んでいくのも、皆が狂っていくのも」
「悲しいんだ」
「うん、悲しい。皆あんなに醜い人ではなかったから」

 でも、でも──私はその先を言おうとして、止めた。なんだかそれは、とてもつまらないような気がして。私はきっと、悲しそうな顔はしていない。
 ハヤトはしばらく黙っていたけど、唐突に、ぱっ、と笑い、席を立った。

「ま、オレの一人語りになっちゃったけど。オレはそんなわけで、マキのことを見守ってるよ」
「他の人はどうでも良いの?」
「他の人はー……うーん、どうでも良いかな。だってオレの推しキャラはマキだから」
「何それ」
「こんな争いの中でも醜く生き延びようとしないで、冷静でいるから。オレ、確かに醜い争いも見るけど、何より綺麗な人間が好きなんだ」

 綺麗な人間。私は本当に綺麗だろうか? 生き延びようと必死で他人を出し抜くことだって考えているのに。
 私が訝しむような顔をすれば、ハヤトは、はは、と乾いた笑い声を上げた。

「いやー、マキは綺麗っていうか、冷静なだけなんだろうね。まぁどっちでも良いよ」
「……私は醜くても生き足掻くよ。そっちのほうが──」
「うん、分かってるよ」

 ハヤトは立ち上がり、椅子に手をついて、にこっ、と笑った。私もそれにならい、立ち上がる。そろそろ時間なのだろう。
 美術室を出れば、そこは元の整合性の取れた世界だ。それでも、ここは架空の世界にすぎないのだけれど。
 空き教室の前に二人で立つ。開いた扉の向こうは虚無だ。一歩前に出した私の背中を、ハヤトが、ぽん、と押した。

「そうそう──ヒイラギには気をつけてね」



 文芸部ではすでにヒイラギ君とリリカが座っていた。リリカは俯いていて、ヒイラギ君は清々しい笑顔を私に向けていた──最終日らしからぬ表情だ。
 いつもならばリリカの隣に座っていたけれど、今日は少し距離を置いて座った。彼女が私を避けているような気がしたからだ。
 しばらく沈黙が続くかと思っていたが、ヒイラギ君がすぐに立ち上がり、話し合いを始めよう、と言った。リリカの肩がびくりと揺れる。ついにヨルの介入無しに話し合いが始まったのだ。

「もうヒントは無いね。俺はカリヤが裏切り者だと思ってたんだけどな……」
「……ヒイラギ君、あんた、私とリリカを残したら不利になるって分かってるの? やっぱり、カリヤをスケープゴートに生きたい裏切り者なんじゃないの?」
「酷いなぁ。そんなこと無いよ。あのままだと君たちは死んでたかもしれないんだよ? あんな横暴な王様のせいでね。だから、むしろ感謝してほしいんだけど……」
「意味分かんないこと言わないで。私目線、裏切り者はあんただよ、ヒイラギ君」

 ヒイラギ君は眉をハの字にして、困ったなぁ、と呟いた。私への返答というより、独り言のようだった。

「まぁ、そうだよね……君はクルミさんを疑わないよね……でも、どうしてそんなに頑なに認めないのかな?」
「それは……リリカを見てれば分かる。人を騙せるような子じゃないよ」

 いや、本当のところは「私が裏切り者だから」なのだ。だが、そんなことは口にできない。
 だとしても、リリカが裏切り者であるかのように彼の目に映っているかというと、そんなことは無いだろう。気弱で流されやすく、素直。表情がころころ変わって分かりやすい。そんな彼女が裏切り者であるように見えるだろうか、いや、見えない。
 私がリリカを庇えば、ヒイラギ君は困り顔のまま、こちらを見た。

「だとするとさ、ツクヨミさんが裏切り者……ってことになるよね」

 来た、と心の中で呟く。そうだ、リリカを対象として外すなら、私が疑われて当然だ。そこをどう言いくるめるか──そこが問題だ。
 リリカがちらりとこちらを見る。戸惑いの目だ、少し揺れている。疑いたくない、とでも言いたいのだろうか。
 私は少し声を張って、反撃を狙う。

「それはヒイラギ君も同じでしょ。自分が裏切り者じゃないって証明はあるの?」
「──あるよ?」
「はぁ?」

 そう言うと、ヒイラギ君はスマートフォンを取り出した。そして写真アプリに移り、一枚の写真を示した。
 そこにはこう書かれていた──あなたは、裏切り者ではありません。

「……まさか、スクリーンショット撮ってたの? そんなこと、できるの?」
「そう、俺は先んじてスクショを撮ってたんだ。逆にそうしないほうが不思議だと思うんだけど……」
「ちょっと、ヨル。このアプリでスクリーンショットなんて撮れるの?」

 私がスピーカーに話しかければ、少し間を置いて返答が返ってきた。ヨルの声は心底困り果てたといった様子で、今までの狂気じみたテンションのものではなかった。

『さぁ……? 撮れるかどうかなんか試してないからなぁ。精巧に作られた偽物じゃない?』
「偽物……」
「偽物なんかじゃないよ。これはヨルが残した機能だ!」

 リリカが呟いた声を打ち消すように、ヒイラギ君が大きな声を出した。
 こんなの、狡すぎる。いや、思いつかなかった私も悪かったが、これではメタ読みができてしまうではないか。そんな設定、ヨルが──私とハヤトがするわけが無い!
 ヒイラギ君の目がぎょろりとこちらを見た。獲物を捉えた肉食動物のような目だ。しかし口だけは笑みを浮かべている。そのアンマッチさが私に恐怖を与えた。

「あるんだよね、証拠。無いなら俺が裏切り者じゃないって決まるけど?」
「あるわけ無いじゃない……! リリカだって無いでしょ?」
「私も、無い……」
「じゃあ君たちのどちらかだ。どちらかが死ねばゲームは終わるんだ!」

 まくし立てるようにヒイラギ君がそう言う。席を立ってこちらへと迫ってきた。やはり背が高いのと男子であるため、カリヤとはまた違った圧力がある。
 そこでなんだけど、と笑って言うくせに、目は少しも笑っていないのだった。

「俺たちはツクヨミさんを処刑しようと思うんだ。そうだよね、クルミさん?」
「ちょっと、どういう意味?」
「……私は……」
「──は?」

 言い淀んだリリカに詰め寄り、冷たい目で見下ろす。リリカは、ひっ、と声を上げ、目に涙を溜めた。明らかに恐怖している。今までカリヤがしていたことを、今はヒイラギ君がしている。
 あの爽やかな笑顔を浮かべたイケメンだった彼が、今では目を血走らせて人を威嚇している。それは、とてもとても──

「そういう話だったよね、クルミさん?」
「わ、私……やっぱ良くないよ、こういうの……」
「じゃあ君が死ぬ?」
「い、嫌だ……」
「──脅すのもいい加減にして。何があったの、リリカ」

 リリカはふるふると震えて首を振った。話せない、とでも言いたいのだろう。だが、この構図を見るだけで何が起きているのかは察しがつく。
 組織票を打ち立てたカリヤのように、ヒイラギ君はリリカを脅し、私に投票させようとしているのだ。そうなれば、私にできることは一つしか無い。
 ……ここからが私の腕の見せどころだ。私は立ち上がり、ヒイラギ君を突き飛ばした。

「……ッ、何だよ……!」
「言わなくていいよ、リリカ」
「ま、マキちゃん……」
「まず私が言いたいのは、さっきの画像はフェイクだったってこと。処刑を避けようとしたウヅキが殺されたくらいだよ、ヨルがそんな簡単な手で私たちを見逃してくれるわけが無い」
「そ、そうだよね。そう……だけど……」

 立ち上がったヒイラギ君が私の胸ぐらを掴み、持ち上げた。息が詰まって苦しい。でも、目線はリリカから離さない。

「それに……! フェイクの画像を作って、リリカを騙そうとしてる裏切り者ってことがあるかもしれないじゃない!」
「五月蝿いッ! 俺はずっとこのときを待ってたんだ。裏切り者を確実に炙り出せる瞬間を!」
「じゃあなんでカリヤを殺したの? 自分が仕切れなくて都合が悪かったからでしょ? それに……あのときだってリリカのこと、脅してたんでしょ!」
「それがどうした? カリヤが怪しかったから処刑した! 次は君を処刑すれば──」
「なんでそんなこと知ってるの? リリカが裏切り者って、どうして思わないの?」

 私がそこまで言えば、ヒイラギ君が私を突き放した。私は椅子に体をぶつけてその場に踞る。やりやがって、痛いじゃないか。
 リリカが私を心配して駆け寄る。それからヒイラギ君を必死に睨みつけた──慣れていないからか、少しも怖くないけれど。
 私も顔を上げ、この横暴な男の重箱の隅をつつくように言葉を浴びせた。

「それは自分が裏切り者だから! リリカは裏切り者じゃないって分かるけど、私がいるから処刑できないって分かってるから! 反論してみたら!?」
「自分が殺されるとなると急に喋るんだね。今までどうして黙ってたの? カリヤが処刑されるくらいからだよね、その鼻につく態度。それとも、髪飾りのことが話されなかったから安心してるの?」
「──ッ、どこでそれを……!」

 ヒイラギ君は鼻を鳴らし、肩を竦めた。自分の席に座り、座り込む私を足を組んで見下ろす。

「ハヤトが死ぬ前にハヤトから教えてもらってたんだ。赤い髪飾りを隠したのはツクヨミさんだって」
「え……マキちゃんが……?」
「この話は絶対に切り札になると思って黙ってたんだけどさ。ヨルが持ってた髪飾りを持ってるのがツクヨミさんだって、ヨルに関係するって証明にならない?」
「う、嘘……?」

 リリカが私から、ぱっ、と離れる。私は心の中で小さく舌打ちをする。
 ハヤトは最低なプレゼントを残しておいてくれたのだ。だから、ヒイラギに気をつけてね、なんて言ったのだ。私を追い詰めて、何が楽しい?
 ……いや、これが愉しい。
 ぶつけた腰をさすりながら、椅子に座る。私は笑みを押し殺し、真面目な顔でヒイラギ君を睨みつけた。

「まさか裏切り者が言ったことを信じてるの? 裏切り者がやりたかったのは、関係しない誰かに矛先を向けさせることだと思うよ?」
「でも、裏切り者は統率がとれてないんだろう? 偶然にも当ててしまった可能性はあるよ?」
「フェイク画像に脅迫にフェイクニュース。裏切り者がやりそうなことじゃない?」
「君は……ッ、これだけ証拠があるのに認めないって言うのか!」

 ヒイラギ君の顔が苛立ちに歪んだ。せっかくの美形なのに勿体無い。だが、それが貴い。もっと怒れ、もっと動揺しろ。その醜さが私の糧になるのだ。
 私がすれば良いことはただ一つ、冷静さを欠かないことだ。そして燃料を投げ込み続ける。それだけで、印象操作ができる!

「せっかくの切り札だったかもしれないけど、言うのが遅すぎだよ。ハヤトが言えなかったのはカリヤに詰められたからだと思うけど……その次の日に言っていれば良かっただけじゃない。カリヤを処刑したのは完全に私情でしょ? 邪魔者を処刑して、場を好きにコントロールできるようになってから、自分の証拠を出して生き延びることを決めた!」
「言わせておけば……ッ!」
「私の論理、間違えてる?」

 思わず嘲笑してしまいそうになる。自分の頭の良さを誇れるなんて、まったく良いゲームだ! 裏切り者の詭弁に圧され、リリカとヒイラギ君は黙り込む。
 独裁なんてさせない。このゲームは多数決だ。本来このゲームは、他人を弁論で引き込んで自分のものにするもののはずだ。組織票なんてつまらない。ランダムなんてつまらない。
 ヒイラギ君が再び立ち上がる。黒い目は細められる一方、瞳孔が大きくなってリリカを逃すまいと睨みつけている。自分の席に戻っていたリリカは、近づかれるのを警戒してか椅子を少し後ろに下げた。

「……分かってるよな? 誰に投票すべきか。ここまで証拠があるのに、まさか俺に投票なんてしないよな!?」
「う、うぅ……でも、マキちゃんの言うことも──」
「……ふざけるなよ。だったらお前を処刑したって良いんだぞッ! だったら、お前が死ね、役立たずッ!」

 私は俯くようにして、両方の口角を上げる。怯えきっているリリカには悪いけれど、彼は暴走していて滑稽だ。裏切り者が誰かなんてどうでも良くて、自分が生き残ることしか考えていない。
 すっかり熟れて絶望した顔をしたリリカに、私はできるだけ甘い声でこう呼びかけた。

「リリカ。リリカが怪しいと思うほうに投票して良いよ。私が選ばれても、恨んだりしないから」

 リリカと目が合う。久々に見たリリカの目は、いつものように煌めいていなくて、絶望のドブ色に染まっていた。
 嗚呼、言いたいことは分かる。私に選ばせるなんて──だろう? でも、こうなったらリリカに選んでもらうしか無い、ヒイラギ君を選ぶか、私を選ぶか。
 リリカは震えるだけで答えを言わない。ヒイラギ君がリリカに手を挙げたところで、それを止めるようにヨルの声が聞こえてきた。

『やだー、男子ってこれだから野蛮でヤんなっちゃう! ワタシもオレも好きじゃないなぁ』
「……チッ、五月蝿いなぁ……」
『そろそろ投票タイムとしようか! 最後の最期、いったい誰が生き延びるんだろうね!? さぁ! 投票画面に移って!』

 スマートフォンの画面が変わり、今では三人しか残されていない顔写真の羅列へと変わった。その他の顔は白黒になって紫のバツがついている。今まで私のために犠牲になってきた悲しい哀しい踏み台たちだ。
 ヒイラギ君は真っ先に投票を終わらせ、スマートフォンを手に貧乏揺すりをしている。私もヒイラギ君に投票をして、スマートフォンを握り締めた。
 リリカはずっとスマートフォンの画面を見たまま固まっていた。リリカの死んだ目に、不幸を呼ぶ白い四角の光が点っていた。
 それでも、震える手でリリカは一人を選んだ。すぐに胸元にスマートフォンを当てて、俯く。

『さて、投票が終わったみたいだね! 泣いても笑ってもこれが最後! さぁ、開票してみよう──』