心がきゅんする契約結婚~貴方の(君の)元婚約者って、一体どんな人だったんですか?~

 私は彼が叔母に感謝する言葉を聞き、ほっと安心して息を吐いた。何も言わなかったモーベット侯爵が私と違う令嬢が良いとは、言い出さなくて良かった。

 彼は二週間後には必ず誰かとは結婚せざるを得ない。

 それに、私はとりあえず一度は結婚して、周囲から掛けられる、どうにかして結婚して欲しいという無言の重圧から脱したい。

 こうして顔を合わせることになった私たち二人の利害は、きっと一致するはずよ。

「姪のレニエラは、以前の婚約者が……本人からは、なかなかに言い難いと思うから、私が代理で言うけれど本当にっ! 嫌な男だったのよ。なのに、この子が一方的に何もかも悪いと言いがかりをつけて、婚約を破棄したかっただけなの。だというのに! その後で社交界に悪い噂を振り撒いてね。だから、これまでに良い求婚者がなかなか現れなかっただけだから」

 叔母が姪の私をお勧めの商品のように、にぎにぎしく売り込むのを隣で黙って聞いていた。

 もしかしたら、貴族令嬢が婚約破棄されたと聞いて、パッと聞けば悲劇だと思う人も居るかもしれないけど、私本人にとってみれば、それは華々しい武勇伝に近い。

 あの……最低最悪な元婚約者から婚約破棄をされて、本当に良かったと今でも心から思っている。

「ええ。僕も存じております。ドラジェ家のご令嬢が城の大広間の夜会中に婚約破棄を言い渡され、その相手にホールケーキを投げつけたというお話は」

「ふふ。見事、顔に命中致しましたわ」

 あら、あまり社交場に顔を出さないモーベット侯爵も、流石にこれは知っていたのねと私が微笑み肩を竦めれば、隣に居た叔母は額に青筋を貼り付けながら、ふんわりと広がるドレスの中で私の靴先を踏みつけた。