あなたを抱きしめる、唯一の


 私は彼にそうなってほしくなかった。私自身がそれで傷つくのが嫌だったというのもある。


「臆病なんですよ、私」

「恋をすれば誰だってそうなる」


 そうだな、と私は前を見た。ろくに舗装もされていない畦道が広がって、タイヤが砂利か何かを踏む細かい音が聞こえてくる。


「ですから、もう少しゆっくりと進めませんか──泰明さん」


 急ブレーキがかかって前つんのめる。これが都会だったら確実に事故が起こっていた。慌てて隣りを見れば、瞳を潤ませた泰明さんがいる。


「た、棚島さん……!」

「和音でいいです」

「和音……!」


 本当に可愛い人!

 でも口に出したりはしない。全部、ゆっくりと二人のペースで進めていく。それがいつか、あなたを不安なく抱きしめる、唯一の方法だから。

 泰明さんは鼻をすすり、また車を発進させた。私はもう横を見ないで、泰明さんと同じ方向を見つめた。


──完──