あなたを抱きしめる、唯一の


「それなら会わせられるよ。駆け落ちまで考えた人なんでしょ? 向こうも奥さん亡くしてるらしいし、今なら」

「帰りなさい」


 冷たく響く声に、用意してきた言葉たちは喉から出てこなくなってしまった。


「そんなことをわざわざ言いにきたの?」


 呆れを通り越して軽蔑さえ感じる声に、私はどうにか口を開いた。


「どうして? もう好きじゃないの?」

「終わってるのよ、もう」


 そう言い切った母の顔は、ただ静かだった。その瞳からは、燃え盛るような炎はなく、燃え尽きた灰だけが散り踊っている。


「終わってるの。焼け木杭さえないの」


 嘘はない、そう思った。きっと会わせても、笹栗社長のほうはわからないけど、母は何も感じないのだろう。


「だからあなたはあなたの勝手にしなさい」

「お母さん?」

「できるでしょ、あのときみたいに」


 この家から、村から出ていったときのことを言っているのだとすぐにわかった。