親父は元財閥の婿養子だと、昔本人から聞いたことがあった。病弱な母が、肺炎で呆気なく逝ってしまってから、数ヶ月後のことだったと記憶している。


「なぁ泰明よ、一つ聞きたいんだが、いいか?」


 親父が身を乗り出したので、俺は居住まいを正して聞き返した。


「聞きたいこと?」

「彼女のどういうところが好きになったんだ」


 親父に問われて、俺は彼女と初めて会ったときの思い出から回想する。

 初めは、その信念に共感した。できればうちの正社員したいと思った。

 だが会って話をすればするほど、彼女自身惹かれてしまうのを止められなかった。向上心の塊のようなところ、和菓子について楽しそうに話すところ、すぐ恥ずかしがって顔を赤くするところ──上げれば切りがない。

 だから親父の目を真っ直ぐ見つめて、言った。


「俺だけが知っていればいい」

「別に奪ったりせんわ、馬鹿者!」


 そう一喝されたが、すぐ真剣な眼差しになった。


「お前たちはどうか幸せになれ」