私はバクバクと踊る心臓を落ち着けようと、こっそり深呼吸をする。
黒文字を落として、店長に励まされたときは勇気づけられただけだったのに。笹山さんだとこんなにも嬉しい。
顔に出ないよう、頬の肉を噛む。そんな私の苦労を知らない笹山さんは、さっさと店の中へと入っていってしまった。
私はその二、三歩ほど後ろから彼についていく。背中からじんわりと熱が広がって、ふわふわした足取りになってしまう。止められない、どうしよう。
それでも足は勝手に動き、笹山さんが座った席の、テーブルをはさんだ反対側に私は腰を落ち着けた。
「それじゃさっそく」
「お手柔らかにお願いします」
私はノートとペンを取り出しながら、笹山さんに頭を下げた。
店内を流れるジャズは大きすぎず小さすぎず、周囲のお客さんたちも非常識にならない程度の音量でおしゃべりを楽しんでいる。私たちのように勉強に勤しんでいる人もいる。
照明はオレンジ色で暖かい雰囲気がかもし出されているものの、勉強するにはやっぱりちょっと足りない。



