あなたを抱きしめる、唯一の


 菅野さんはそう言うと、そそくさとその場を後にしてしまった。もっと笹山さんに質問してくるかと思ったけど、どうしたんだろう。


「棚島さん」


 菅野さんをポカンと見送っていた私に、穏やかな声がかけられる。


「そろそろ行こうか」

「……そうですね」


 気にしていてもしょうがない。これから勉強に集中しなくちゃいけないんだから、菅野さんには明日聞けばいいか。

 私はそう思い直して、笹山さんと一緒に歩き始める。


「笹山さん、改めて本当にありがとうございます」

「別にいいよ、俺が好きでしてることだし」


 少しぶっきらぼうなトーンで返されたけど、耳の辺りが赤くなっているのが見える。


「それでもありがたいです、無料で教えてもらえるなんて」

「棚島さんだって色々教えてくれたし、そのお礼だよ」

「教えた?」


 接客のときに会話はしたけど、何かを教えたことはない。首を捻っていると、笹山さんは頬を少し緩めた。


「和菓子のこと、モチーフとかデザインとか」