「落ち着いて、大丈夫だから」
低めのアルトが耳を打った。そうだ、まずは落ち着かないと。
「お菓子ここに置いたままでいいから、新しいの持ってきて」
「はい、ただいま」
笹山さんの指示に、私は軽く頭を下げ店の奥へとすっ飛んでいった。新しいプラスチックの黒文字を取り出して、懐紙に包む。
それをさらに懐紙に乗せて、笹山さんが待つ席までお持ちした。
「大変申し訳ございませんでした」
深く頭を下げて、笹山さんの前に黒文字を置いた。心臓はまだ強く脈打って、冷や汗も全然止まらない。
「気にしないで、お菓子じゃないだけマシだよ」
笹山さんは目を優しく細めてそう仰ってくれたけど、そうじゃない。私の意識の問題だ。
再び頭を下げてから、落とした黒文字を回収する。
奥にある不燃ごみの箱に捨てながら、私は念仏でも唱えたいような心地になった。
ちょっと気になっているお客様に、ちょっと触れられたからってこの体たらく。そもそも向こうはなんとも思っていないのに、バカみたいに舞い上がって、迷惑かけて。



