*
「あ、あの、菜穂先輩。さっきはありがとう」
菜穂先輩に校舎裏に手招きされ、二人きりになった。
私はお礼を言って頭を下げたが、菜穂先輩は何も言葉を発さない。
「菜穂先輩……?」
「ねぇ朱里ちゃん、分からないの?」
えっ、と思わず言葉が口からこぼれてしまった。
分からない、って何だろう。
「はぁ、やっぱ朱里ちゃんって鈍感だよねぇ」
「どん、かん……?」
「さっきの写真のこと。健と二人きりなはずなのに、何で撮られてるか考えないの?」
菜穂先輩の言葉がチクチクと胸に刺さる。なにこれ、いつもの先輩じゃない――。
「えっと……たまたま撮られてた、とか」
焦ってそう言うと、菜穂先輩は急に腹を抱えて笑い出した。
「あははっ、朱里ちゃんって馬鹿なんだねっ」
「えっ……?」
「――あの写真、私が撮ったんだよ」
頭の中が真っ白になった。
あの写真は、菜穂先輩が撮ったの……?
「なん、で……」
「そんなの邪魔したいからに決まってんじゃん。あなたと健が仲良くしてるところを見てうんざりしたから」
信じられなかった……。
『いーよいーよ、敬語苦手だからさ、タメ口で話して! それに菜穂でいいよ』
『もちろんだよー、お大事にね!』
あんなに素敵な笑顔を持っている菜穂先輩が、こんな酷いことをするなんて思わなかったから。
「それでさ、ばら撒いたの。あなたが元ヤンの生徒会長と仲良くしてるってことをみんなに知らせようと思って。それで私が助けに入って、健に好きになってもらうってこと」
「……そんなの、ひどい」
「だって健は私の幼馴染なんだよ? 邪魔する人が悪いでしょ」
まるで “出しゃばり” と言われているようだ。何も言い返せなくなってしまう。
「はぁ、それにしても健も馬鹿だよねー。こんな子を副生徒会長にしてさ」
「……合川先輩の、悪口言わないで」
「え?」
「私のことは悪く言ってもいいけど、合川先輩のことは言わないで!!」
珍しく私が大声を張ると、菜穂先輩も何も言わなくなった。
私のことはどれだけ悪く言ってもいい。でも、合川先輩の悪口を言われるのは許せない――。
「……とにかく、あなたが邪魔なの!! 消えて!!」
その瞬間、どんっと菜穂先輩に肩を強く押されて全身が後ろに下がる。
このままじゃ、倒れる――そう思ったときだった。
「何やってんの?」
「健……!?」
合川先輩が私の腕を掴んで抱き寄せてくれた。
「健、朱里ちゃんひどいと思わない? 私があの写真ばら撒いたって問い詰めたんだよ――」
「俺のことはどうでもいい。米村、怪我ないか?」
いつもはあんたと呼ぶ合川先輩が、ちゃんと名前で呼んでくれた。
嬉しくて夢みたい――。
「菜穂、もう全部分かってる。そんな最低な奴だと思わなかった」
「……だって、私健のことが好きなんだもん!! ずっと前から好きなのに、この女に取られて……許せなかった……っ」
そう言うと菜穂先輩は走って校舎へ戻っていった。
菜穂先輩の気持ちは、正直分かる。昔から好きだった人が新しく知り合った子と仲良い、それがどれだけ悲しかっただろうか。
「ありがとう、ございます。ごめんなさい、私のせいで……っ」
「……なぁ、あんたは、俺の秘密を知っても受け止めてくれるか?」
もちろん、私は首を縦に振った。
*
真剣な表情をした合川先輩。何か悲しい過去があったのだろう、と顔を見れば分かる。
「勘付いてると思うが、俺は中学の頃ヤンキーだった」
沈黙が続き、合川先輩が口を開いた。
あの噂は本当だったんだ、と改めて思う。
「人を叩いたり、暴言を吐いたり、一度だけ万引きしたこともある。それくらいやんちゃで最低な人間だったんだ」
不思議なことにその事実を聞かされても、私は全然怖いという気持ちはなかった。
今はこんなにも優しいって知っているから。
「俺、母子家庭なんだ」
「えっ……」
「父親は俺がガキの頃亡くなって、女手一つで育ててくれた。だから金がなくて万引きして、怒られて。ほんと馬鹿だよな、もっと迷惑かけた」
合川先輩のお母さんを想う気持ちが伝わってきて、私まで胸が痛む。
「だから決めたんだ、高校では変わろうって。それで生徒会長を務めることにした。中学の頃ヤンキーだった俺を生徒会長にしてくれるかなって思ったけど、意思を伝えたんだ」
私は真剣にうん、うんと頷いて聞いている。
合川先輩はきっと、充分に変われていると思う――。
「それで副生徒会長を選ぼうってなったとき、あんたに出会ったんだ」
「私……?」
「ああ。始業式に、桜の木を見つめている少女をな」
そんなことあったっけ、と記憶を辿る。
二週間も経っていないというのに思い出せない。
「運命の、出会いだと思った。あの子となら、一緒に頑張れるなって直感で思った」
「……先輩……っ」
「米村朱里。二年の知り合いに聞いて、すぐ覚えた」
『あほか、生徒会長だぞ。人の名前くらい把握できなくてどうする』
あのときの先輩の言葉がフラッシュバックする。本当は私が先輩にとって特別だったから。
だから、名前を覚えてもらえたんだ――。
「合川、先輩」
「……ん」
「私、先輩のことが好きです。不器用だけど、誰よりも優しい先輩のことが……!」
合川先輩はもう一度、私の腕を掴んで強く抱きしめてくれた。
爽やかなシャボンの香りがふわっと匂う。
「俺も。米村のことが好きだ」
今日は初恋が実った、特別な日だ。
「あ、あの、菜穂先輩。さっきはありがとう」
菜穂先輩に校舎裏に手招きされ、二人きりになった。
私はお礼を言って頭を下げたが、菜穂先輩は何も言葉を発さない。
「菜穂先輩……?」
「ねぇ朱里ちゃん、分からないの?」
えっ、と思わず言葉が口からこぼれてしまった。
分からない、って何だろう。
「はぁ、やっぱ朱里ちゃんって鈍感だよねぇ」
「どん、かん……?」
「さっきの写真のこと。健と二人きりなはずなのに、何で撮られてるか考えないの?」
菜穂先輩の言葉がチクチクと胸に刺さる。なにこれ、いつもの先輩じゃない――。
「えっと……たまたま撮られてた、とか」
焦ってそう言うと、菜穂先輩は急に腹を抱えて笑い出した。
「あははっ、朱里ちゃんって馬鹿なんだねっ」
「えっ……?」
「――あの写真、私が撮ったんだよ」
頭の中が真っ白になった。
あの写真は、菜穂先輩が撮ったの……?
「なん、で……」
「そんなの邪魔したいからに決まってんじゃん。あなたと健が仲良くしてるところを見てうんざりしたから」
信じられなかった……。
『いーよいーよ、敬語苦手だからさ、タメ口で話して! それに菜穂でいいよ』
『もちろんだよー、お大事にね!』
あんなに素敵な笑顔を持っている菜穂先輩が、こんな酷いことをするなんて思わなかったから。
「それでさ、ばら撒いたの。あなたが元ヤンの生徒会長と仲良くしてるってことをみんなに知らせようと思って。それで私が助けに入って、健に好きになってもらうってこと」
「……そんなの、ひどい」
「だって健は私の幼馴染なんだよ? 邪魔する人が悪いでしょ」
まるで “出しゃばり” と言われているようだ。何も言い返せなくなってしまう。
「はぁ、それにしても健も馬鹿だよねー。こんな子を副生徒会長にしてさ」
「……合川先輩の、悪口言わないで」
「え?」
「私のことは悪く言ってもいいけど、合川先輩のことは言わないで!!」
珍しく私が大声を張ると、菜穂先輩も何も言わなくなった。
私のことはどれだけ悪く言ってもいい。でも、合川先輩の悪口を言われるのは許せない――。
「……とにかく、あなたが邪魔なの!! 消えて!!」
その瞬間、どんっと菜穂先輩に肩を強く押されて全身が後ろに下がる。
このままじゃ、倒れる――そう思ったときだった。
「何やってんの?」
「健……!?」
合川先輩が私の腕を掴んで抱き寄せてくれた。
「健、朱里ちゃんひどいと思わない? 私があの写真ばら撒いたって問い詰めたんだよ――」
「俺のことはどうでもいい。米村、怪我ないか?」
いつもはあんたと呼ぶ合川先輩が、ちゃんと名前で呼んでくれた。
嬉しくて夢みたい――。
「菜穂、もう全部分かってる。そんな最低な奴だと思わなかった」
「……だって、私健のことが好きなんだもん!! ずっと前から好きなのに、この女に取られて……許せなかった……っ」
そう言うと菜穂先輩は走って校舎へ戻っていった。
菜穂先輩の気持ちは、正直分かる。昔から好きだった人が新しく知り合った子と仲良い、それがどれだけ悲しかっただろうか。
「ありがとう、ございます。ごめんなさい、私のせいで……っ」
「……なぁ、あんたは、俺の秘密を知っても受け止めてくれるか?」
もちろん、私は首を縦に振った。
*
真剣な表情をした合川先輩。何か悲しい過去があったのだろう、と顔を見れば分かる。
「勘付いてると思うが、俺は中学の頃ヤンキーだった」
沈黙が続き、合川先輩が口を開いた。
あの噂は本当だったんだ、と改めて思う。
「人を叩いたり、暴言を吐いたり、一度だけ万引きしたこともある。それくらいやんちゃで最低な人間だったんだ」
不思議なことにその事実を聞かされても、私は全然怖いという気持ちはなかった。
今はこんなにも優しいって知っているから。
「俺、母子家庭なんだ」
「えっ……」
「父親は俺がガキの頃亡くなって、女手一つで育ててくれた。だから金がなくて万引きして、怒られて。ほんと馬鹿だよな、もっと迷惑かけた」
合川先輩のお母さんを想う気持ちが伝わってきて、私まで胸が痛む。
「だから決めたんだ、高校では変わろうって。それで生徒会長を務めることにした。中学の頃ヤンキーだった俺を生徒会長にしてくれるかなって思ったけど、意思を伝えたんだ」
私は真剣にうん、うんと頷いて聞いている。
合川先輩はきっと、充分に変われていると思う――。
「それで副生徒会長を選ぼうってなったとき、あんたに出会ったんだ」
「私……?」
「ああ。始業式に、桜の木を見つめている少女をな」
そんなことあったっけ、と記憶を辿る。
二週間も経っていないというのに思い出せない。
「運命の、出会いだと思った。あの子となら、一緒に頑張れるなって直感で思った」
「……先輩……っ」
「米村朱里。二年の知り合いに聞いて、すぐ覚えた」
『あほか、生徒会長だぞ。人の名前くらい把握できなくてどうする』
あのときの先輩の言葉がフラッシュバックする。本当は私が先輩にとって特別だったから。
だから、名前を覚えてもらえたんだ――。
「合川、先輩」
「……ん」
「私、先輩のことが好きです。不器用だけど、誰よりも優しい先輩のことが……!」
合川先輩はもう一度、私の腕を掴んで強く抱きしめてくれた。
爽やかなシャボンの香りがふわっと匂う。
「俺も。米村のことが好きだ」
今日は初恋が実った、特別な日だ。



