◆◆◆◇◇◇◇ 「どこかで俺達は」

 魂体、「カミワザ」、謎の桜の木、その周りの精霊。
 謎は深まるばかりだった。

 俺とホナミは生きていない。でも俺はホナミのことが見えていた。まるで運命じゃないか。

「夢の主って言うの。私達みたいな魂体が見える人のこと。」

 ホナミは桜の木を見て言った。
 周りの家々、街の音。全てから隔離された様なこの空き地には、どこか神聖な空気が感じられる。

「夢の……主……?俺は、夢を見ているのか……?」
「そうじゃないわ。」

 ということは、俺が死んだこれは夢ではなく現実。夢の主というのはあくまで比喩的な表現なのだろう。

「死んだ魂は、時に夢枕という形で出てくる様に、眠りにつきたくない魂は、時折この世に留まることがあるの。」

 桜の花びらが辺りを舞い、ホナミが上に向けた手のひらには花びらが一つ舞い降りる。

「この桜は、本物じゃないんだ。もっとここで生きたかった。そんな私達の思いの結晶なの。」
「生き……たかった思い……。」
 
 俺にはそんな思いはあったのだろうか。
 そんな考えを巡らしたことは今までなかった。
 ただ今はホナミとの出会いを大切にしなきゃいけないようなした。きっと、この桜が散る頃には離れてしまうような気がしたから。

「そういえばハルヤは、学校に行ってなかったの?」
「……」
 
 俺は少し口を噤んだ。
 ホナミには、話したくなかったんだ。
 俺が「カミワザ」とかいうしょうもない噂によって親友が重い心の病になってしまったなんて話をしたくなかった。

「そう……なのね。」
 
 ホナミは俺の沈黙に気を遣ってくれたのだろうか。
 少し自分が情けなく思う。

「私はね、私達魂体は、ここに留まるべきじゃないって思うの。」
「どうして?」
「それはね……」

 ホナミは少し深呼吸をして息を落ち着ける。

「私だって、死にたくなかったから!」

 悲哀に溢れたホナミの声。
 やはりどこかで、俺は聞いたことがある気がする。
 思い出せそうで思い出せない彼女との記憶の数々。
 ――もしかしたら、生前俺に彼女のことが見えた理由にも関係があるのかもしれない。

「私だって、本当はみんなと普通に学校に通って、笑って、泣いて、色んな思いを共有したかった。」
 
「ホナミ……」
 
「だからこそ……ごめんね。謝って許されることじゃないって分かってる。分かってるの……私のせいだって……」

 ホナミは俺の袖を掴んで俺に謝罪した。
 ホナミが俺を殺したのだと。そう謝り続けていた。
 でもそれは違う。ホナミがしたことに悪意は何一つないのだ。
 
「俺は別に強く生きたかったとは全く思ってなかったよ。」
「でも、私はハルヤを生き返らせる。何度やり直してでも。必ず。」

 ――何度、やり直してでも。
 この言葉に俺は少し可能性を見た。
 彼女の既視感、もしかしたら俺は、ここじゃないどこかでホナミと会っていたのだろうか。
 

 俺は、ついに聞いてみることにした。
「ホナミ。」
「どうしたの?」

「以前俺達は、どこかで会ったことがあるんじゃないのか?」

 
 俺がそう質問してから、とても長い沈黙が続いた。
 ホナミは答えるのに少し躊躇しているようだった。
 俺は、その行動自体がほとんど答えのようなものだったが、ただ、彼女の口から聞きたかったのだ。

「覚えて……いるの?私のこと。」

 
◇◇◇◇◇◇◇◇ キオク
 
 私は元々、病弱な女の子だった。
 病院の外に見えるのは、カラカラの地面と、全ての葉を落とした丸裸の木だけ。
 親のお見舞いは週一度きりだったし、外の景色も変わらずつまらなかった。

 そんなある日、私は桜をみつけたの。
 周りはどの木も葉っぱ一つつけてなくて、その桜の木だけ浮いて見えた。

 ――私は、その桜に向かって祈ったの。

「いつか外で自由に遊べますように!」

 って。
 そうしたらある日、体が自由に動くようになって、嬉しくなって思わず病院を抜け出しちゃったんだ。

「ホナミさん!戻ってください、ホナミさん!」

 病院の人たちは私を追いかけてきたけど、私は捕まらなかった。病院の敷地を超えて走り出した次の瞬間、私に強い衝撃が走った。
 何が起きたかわからなかった。
 少し自分の体を見たら驚いたんだ。
 私、車に轢かれたんだって……


「君も、こっち側になっちゃったんだね。」
「えっと……あなたは?私、どうなったの?」
「俺の名前は新田ハルヤ。君も俺も、すでに死んでいるのさ。」

 訳がわからなかった。
 目の前にいる人は半透明になっていて、実体も感じられない。
 それに私は、もう死んでいるなんて……

「どういう……ことなの……?ハルヤさん……」
「ハルヤって呼び捨てでいいよ。」

 ハルヤは微笑んで私の頭を撫でた。
 感触があるようなないような。
 曖昧な感触だ。でも落ち着く感触だ。
 
「何があったのか、できれば俺に教えてほしい。」

 私はそれからハルヤに私が病弱で入院していたこと、謎の桜を見てお祈りしたら体が治ったこと、喜びで飛び出して車に轢かれたことを一つ一つ説明した。

「やはりあの桜に何かあるのか……」

 ハルヤは私の手を引きながら桜のところまで一緒に行くことにした。しかし、私が連れて行かれたのは病院の前に咲く謎の桜ではなかった。

 桜は、一つじゃなかったのだ。

 ◇
 それは住宅街の裏。空き地にあった。
 辺りには精霊のような光の塊が漂い、神聖な空気を醸し出している。

夢桜(ゆめざくら) 降りて届くは 逢坂の はかなき人の たまのともしび」

 不意に後ろから聞こえた声に、私とハルヤは恐る恐る振り返る。そこには金髪の巫女服を着た女性が立っていた。

「これはね、夢桜っていうの。」

 視線をハルヤへと移す。彼は彼女の顔を見た途端、少し戸惑いを感じていたといった様子だった。

「マナ姉さん……?」

 親戚なのだろうか、それとも知り合いなのだろうか。

「バレちゃったのね。ハルヤ。」
「そんな……姉さんは確か三年前に事故で……」

 先程まで陽気だったハルヤの目に涙が溜まり、マナはハルヤを優しく抱き抱える。

「この世界では今、異常現象が起きている。目に見えない桜が世界に結界を張って、死んだ魂をここに閉じ込めている。」

 マナはその場に立ち尽くしていた私に伝えると、やがて夢桜に手を触れた。

「この夢桜はその中でも特別で、時を超えて思いを伝えられる。あなたには私と一緒に過去に行って私の手伝いをしてほしいの。お願い、できるかな。」

 私は軽く首を縦に振ると、夢桜の周りに漂っていた色とりどりの精霊はやがて桜を取り巻き、やがて一ヶ所に集まる。

 しばらくすると、突然あたりがホワイトアウトして、意識が飛びそうになる中、私は時を遡った。


◆◆◇◇◇◇◆◆◆

「しかし、手伝いって具体的に何をするの?」
「信じて、くれるの……?」
 
 ホナミの説明を聞いた後、俺は自分でも驚くほど冷静に質問をしていた。
 時間を遡ってきたこと、それから姉さんまで魂体としてこの世に残り続けていたということも意外な感じはしなかった。

「ああ、有り得ない事だとは思っていたけれど、何となくそんな気がしたのさ。」
「ハルヤって本当に不思議だね。」

 ホナミは俺の手を掴んで柔らかに微笑む。
 俺はこのホナミの微笑みがたまらなく大好きだ。

「ああ、だから知っている事は、何でも言って欲しいんだ。」
 
「夢桜の花びらの中に、空に向かって舞う花びらがあるの、分かる?」

 空に向かって舞う花びら……?
 俺は上を見上げる。
 風が靡き落ちる花びらの中に、上に向かうものがあった。

 夢桜の真上、空の真ん中に、半透明の大きな時計の形をした島があった。今まで気づかなかったのは、おそらくそれ自体が実体の持つものじゃなく、俺やホナミのように、実体の持たないものだからだろう。

「私達魂体は、空の島、スピリチュアルランドによって実在することができるんだって。」
「じゃあ、この夢桜は……」
「夢桜は、スピリチュアルランドから地上へ張った結界達。私達が魂体としてここに残り続ける」

 そしてその結界の中で、俺達は霊として閉じ込められる。だが、稀にその姿が見える生きた人間も存在する。それが「夢の主」という訳か。
 でも、何故夢の主というのだろう。

「何はともあれ、私は、あのスピリチュアルランドを滅ぼす。それがマナさんと約束したことなの。」

 風が強く吹き過ぎて、延々と花びらを散らせる夢桜は精霊の色を花色で塗り替える。

 ホナミは、魂体を解放したい。それが望みだという。
 でも、そうすればきっとホナミは、遠くへ行ってしまうだろう。

「ホナミ……俺は……」
「時を戻して、必ず救う。でも、その前にあの島へ向かうわ。」

 俺は言葉に詰まっていると、ホナミは夢桜に手をかざし、目を閉じてこう、唱えた。

 
夢桜(ゆめざくら) 降りて届くは 逢坂の はかなき人の たまのともしび』


◇◆◆◆◆◇◇◇◇◆「夢時計」
 
 目を覚ますと、俺は空の上に立っていた。
 見下ろせば、綿飴菓子のような雲がいくつも連なっている。
 床はガラスのように透明に透き通り、その感触は水晶のように冷たかった。

 ――カチッ、カチッ、カチッ、カチッ……

 目の前には、俺よりも一回り小さいくらいの大きな置き時計があった。その時計には日にちがついていて、死者の死亡日時などが事細かくマークされていた。

「ハルヤ。」

 ホナミは少し弱めな声で俺を呼んだ。
 緊張、しているのだろうか。

「今度は、私のことちゃんと覚えててね。」

 ホナミだけが遡った前と違って、今は俺もいる。
 今度こそ、俺はホナミを救ってやりたい。

「ああ、もちろんだ。」
「ほんと?」
「ああ、約束だ。」

 俺とホナミは、置き時計の前で願った。
 死ぬよりも前に巻き戻し、生きたまま再びまた巡り会えんことを。

 ――カチッ、カチッ、カチッ、カチッ……

 ホナミが置き時計を操作すると、突然、辺りがホワイトアウトした。

「ホナミ……愛@&¥……してる」
「うん、私……$€£も……」

 ◆ ――やり直し
 
 いつもの布団の中で、パッと目が覚めた。
 布団の感触があり、自分の体も実体を取り戻していた。

「今日は……」

 日付けを確認すると、今日は俺が死ぬより三日も前だった。日曜日、か。ちょうどいい。

 ――外に出たくない。
 俺は以前の自分の心の声をその場に感じた。

「俺は、出るよ。」

 ――怖いと、思わないのか?

「ああ怖かったさ。何なら一度死んだくらいだ。でも、それ以上に、今の俺にはやることがある。」

 そうだ。この時、母さんは留守だった。
 少し挨拶くらいしておきたかったが、まあ仕方ない。

「行こう。ホナミのところへ。」