あれを「夢」と呼ばないのなら、俺は「恋」と呼ぶ。
世界の仕組みに綻びが出来たあの日、
俺は、史上最大の「恋」をした――
◆ ――桜の記憶
「桜のつぼみ。新しい花、新しい春!花は咲く為に命を燃やしてパッと散る。まるで、人の人生みたいだね。」
「いいや、違うよハルヤ。まるで〜そうだな、恋!」
「はぁー?なんで恋になるのさ!」
「青い空。頑張って育てた恋心。それが花開いて、種ができて、新しい命を紡ぐ。神・秘・的でしょ?」
この時の彼女の言葉を、俺は理解できなかった。
でも、今なら少し……少しだけ。
「青春(アオハル)」が、なぜ「恋」と結びつくのか、わかる気が、そんな気がしたのだ。
◆◆ 「カミワザ」
その春は寒かった。
「冷え込む空、まだ咲かない桜。おかしいよな、こんなの、春……って言えるのかねぇ。」
俺の名前は新田ハルヤ。普通の、学生。そして、俺は普通の生活に飽きて、引きこもったクズだ。
俺だって、最初はそんなつもりじゃなかった。
でも、俺は段々外が怖くなった。
そして自分の閉じた世界を守りたかった。
何故か。それは去年の冬あたりから俺達の学校に異変が起こり始めたからだ。
ダチ達はその事を、「カミワザ」と冗談めかして言っていた。
酷いブラックジョークなもんだ。だってそのカミワザとやらは、俺達の精神をおかしくさせたり、怪我人が続出したり、中には自ら退学する人も現れたくらいだ。
「ハルヤ……今日は学校に……」
「行けないよ、母さん。絶対に、だ。」
「そう……」
――母さん、俺だってしたくてこうしてる訳じゃないんだよ。平和な学校の暮らしが崩れたあの頃から、僕は自分を守る為に行動してきた。
俺は窓を開け、ぼんやりと雲の動きを眺めていた。動きが遅い、もはや止まってる。まるで、今の俺を見てるみたいじゃないか。
ふと、下を見ると、一人の少女が家の前を通っているのが見えた。俺のおよそ二つ下くらいだ。
「あの子、俺どっかで見たことあ#っ¥」
自分の声に異変を感じた瞬間
――俺は意識を失った。
◇◇◇ ――
歩いている、という感覚だけを感じた。
そして、自動車が近づいてくるのを感じる。
風が感じられない、まるで時間が止まっているみたいだ。
「……ア」
声を発することが出来た。だが、自分の体から発した声ではない様だ。一体、これは……
視点を下げてみると、それは普段の部屋着ではなかった。これは、女子の服だ!
ふと、あたりを見渡す。足は勝手に動いてしまうが目と口の制御権はこっちに有るのだろうか。
意味の分からないまま辺りを見渡すしていると、見慣れたT字路が見えた。
――ここって、家からすぐのあそこじゃないか。
今自分の体がどこに有るかわからないけれど、なぜか胸騒ぎがする、何か良くないことが起きるって。
「ア、アブナ……!」
T字路を曲がろうとした次の瞬間、大きな車が体に衝撃を与えた。
自分の体じゃないからか全く痛みを感じなかったが、目に見えたのは有るべからざる方向に手足が曲がり、宙に舞った少女の体だった。
体からは真っ赤な血が流れて、スローモーションの様に時が進んだ。
「…………助けて……」
今のは、俺の声じゃない。
突然、俺の脳に直接俺じゃない声が聞こえてきた。
「助けて……!助け@&」
◆◆◆◆ 「外」
「……ッ?!」
意識が戻った時、俺は窓際にいた。止まった様な雲、そして下を見ると、そこには少女が歩いていた。
「なんだ、夢か。」
俺が軽くため息を吐くと、ドタバタと母さんが二階の俺の部屋まで上がってきた。
「ちょっと、大丈夫?」
大丈夫、とは言いがたい。でもそんなことよりも、俺の心には一つのモヤモヤが突如現れた。なぜなら今さっきの景色、それが今下に見える少女の身に起こる悲劇である気がしたからである。
「母さん、ちょっとごめん!」
俺はこの時何を考えていたのだろう?
理屈は分からない。でも、背筋をなぞる冷や汗と過呼吸が俺の”予感”を確かなものにしていた。
あれが「ただの悪夢」じゃなさそうな予感が。
ありえない、という言葉で片付けられない予感が。
バタバタと階段を駆け下り、俺は部屋着のままドアに手をかけた。今なら間に合う、と。
しかし、ドアを開けた瞬間、俺の足は止まった。
――なんで……なんで……
足が、いや、体全体が外を怖がっている。嫌だ、出たくない、と。
これは俺にとって外に出る最後のチャンスかもしれない。それなのに……
寒い。もう春なのに。
俺は、なんでこんな程度で止まってるんだ。
――助けて、助け@&……
悪夢の最後の言葉が体に染み付いている。
行かないと、行かないと。
出たくない、出たくない……
「ハルヤ?本当にどうしたの……?」
声をかけてくれたのは驚いた顔をした母さんだった。
いや、驚いた顔というだけでは表現しきれないかもしれない。
母さんは確かに驚いていたが、それ以上の表情をしていた。
そうだ。あの夢が本当な訳ないじゃないか。また部屋に戻って、何もなかったかの様に部屋に篭ればいいじゃないか。きっとすぐに忘れる。
――助けて……
「……ッ?!うっ……」
「ハルヤ……?!」
あの声が聞こえる度、俺の思考は迷い、答えを失った。
「外、出てみなさい。ハルヤ。」
母さんのその声いつになく頼もしく感じた。
息を呑み、深呼吸する。
狡賢いよ。母さん。
そして俺は、決意を固めた。
俺は少し前へ足を進めると、俺を縛っていた温もりは体を離れて、外の空気は自由な寒さで俺を包んだ。
◆◆◆◇◇ 「接触」
外は寒かった。
足はおぼつかなかったが、なんとか家の前の道路へ向かった。
俺は歩道に出て右を向くと、T字路へ向かう少女が見えた。
「待っ……」
外を歩き慣れていなかったからか、外が怖いからか。走ろうとした瞬間、俺の視界が歪み、派手に転んだ。
擦りむいた足の血をみた瞬間、俺は悪夢で見た光景を思い出した。
「早く、しないと!」
俺は足をパンッと叩いて喝を入れると、再び立ち上がった。俺はがむしゃらに走った。そう、外を走っていたのだ。
向かい風を無視して、俺は空を飛んだ鳥の様な自由を噛み締めながら少女を追った。
――助けて!
少女がT字路を曲がろうとした瞬間、遂に俺は追いついた。咄嗟に少女手を引き、T時路から体から離す。
しかし、反動で俺の体は前に出る。
次の瞬間、俺の体には、衝撃が走った。
――えっ……?車に……撥ねられ……
そして俺は再び、意識を失った。
◆◆◆◇◇◇
「目、覚ましたのね。」
俺が目を覚ますと、視界にまず映ったのはあの少女だった。俺は、死ななかったのだろうか。
「え?俺は死なな……」
「今は死人らしくちょっと黙ってて。」
見渡してみると、ここはあのT字路から少し離れた場所にいた。少女は俺をじーっと観察して、いや、睨んでいた。「死人らしく黙ってて」というパワーワードを用いながら、だが。
遠くには、どうやら警察と救急車がいた。
そして、俺はそこで自分の死体を目にしたのだ。嘘じゃない、夢じゃない、今の俺は、正しく死んでいるようなのだ。
「AEDを早くセットしろ!お前は人口呼吸を!」
「聞こえますか!聞こえますか!」
なんとも異様な光景だ。俺は下を見下ろすと、自身の体はちゃんと感じられた。だが、その体は薄く、半透明だった。
「事情はちょっと移動してからね。ついてきて。」
幽霊の様な体になってしまった俺が連れて行かれたのは、裏道を通り抜けた先に植った一本の桜の木の下だった。
その木は不思議で、周りにはファンタジー作品に出てきそうな色付き透明の精霊の様なものが沢山あった。
「まずは、私を助けてくれて、ありがとうね!ハルヤ」
「ああ、どういたしたし……ってかなんで俺の名前知ってんだ?!」
「警察がハルヤさんハルヤさん……って何回も言ってたから。」
少女はにまーっと笑うと、俺の手を引いて桜の近くまで行った。
「なんで、私を助けようとしてくれたの?私が……見えていたの?」
――見えていたかだって……?
彼女は一体何を言っているのだろう。見えてはいけない存在なのだろうか。関わってはいけないということだろうか。
「見えていたも何も、今もさっきも変わらず見えてるさ。」
「まさか……いや、何でもないわ。」
少女は俺に何か言いたげではあったが、すぐに取り消した。桜の周りの精霊は、相変わらず俺たちの周りを彩り飛び交っていた。
「そういえば、自己紹介がまだだったね。」
少女は俺の手を取ると、ニコッと笑って見せた。何とも可愛らしい、ただそう感じた。
「私の名前はホナミ。ただのホナミでいいわ。」
ホナミ。可愛らしい名前だ。それに――
――なぜか、懐かしい。初対面のはずだ。でも俺は、彼女のことを知っている気がする。
ホナミはクリーム色のその服と長い髪の毛をただ一つ空き地でただ一つ立つ桜の木と共に風に靡かせていた。
桜の精霊達はそんなホナミを包み込み、クリスマスのイルミネーションの如くその姿を照らしている。
「綺麗だ……。」
俺は気づかず声に出していた。
「そう?ありがと。」
ホナミは微笑むと、俺の手をそっと掴んだ。今俺がどんな状況なのかなんて、この景色を見ている限りどうでも良く思えてくるのだ。
「私達はね、たましいの体って書いて魂体(こんたい)。だから生きた普通の人間とは少し違うの。」
――魂体。たましいの体。そうか、俺はもう、死んでいるのか。
俺は至極冷静だった。
未練などを語る程、何もしてこなかったからかもしれない。最後に外に出られたからかもしれない。
でも、送り出してくれたお母さんには、お礼くらい言いたかったな――
「驚かない……のね。少し意外だわ。」
ホナミは軽く苦笑をすると、桜の木を見た。
「桜のつぼみ。新しい花、新しい春。花は咲く為に命を燃やしてパッと散る。まるで、人の人生みたいだって、そう思う?」
突然何を言い出すのだろう。
でもこのセリフ、いつか聞いたことがあるような――
「そうだね。確かに、儚さ、呆気なさ。そして、派手に散れて嬉しそうな花や、開ききれなかった無念の花。みんな同じ人生って木の花だ。」
「ハルヤは、ポエムみたいなことを言うのね。」
ホナミは微笑むと少し寂しそうな顔で目を閉じ、桜の木に差し込む風を感じていた。
「桜の花。私は”恋”みたいだなって、思うの。私達は魂体で、普通の人には見えなくて、何もできない。でも、みんなみたいに花は見られるの。感情だってあるの。そう、ただみんなには見えない、それだけ……」
俺には彼女のことが、ホナミが見えていた。それは俺が特別だったからだろうか。それとも、何か違う理由があるからだろうか。今は何も分からない。
でも俺は一つ、言い切れることがあった。
あの悪夢は「ただの夢」じゃなかったのだと。
そして俺は、ホナミに「恋」しているのだと。してしまったのだと。
世界の仕組みに綻びが出来たあの日、
俺は、史上最大の「恋」をした――
◆ ――桜の記憶
「桜のつぼみ。新しい花、新しい春!花は咲く為に命を燃やしてパッと散る。まるで、人の人生みたいだね。」
「いいや、違うよハルヤ。まるで〜そうだな、恋!」
「はぁー?なんで恋になるのさ!」
「青い空。頑張って育てた恋心。それが花開いて、種ができて、新しい命を紡ぐ。神・秘・的でしょ?」
この時の彼女の言葉を、俺は理解できなかった。
でも、今なら少し……少しだけ。
「青春(アオハル)」が、なぜ「恋」と結びつくのか、わかる気が、そんな気がしたのだ。
◆◆ 「カミワザ」
その春は寒かった。
「冷え込む空、まだ咲かない桜。おかしいよな、こんなの、春……って言えるのかねぇ。」
俺の名前は新田ハルヤ。普通の、学生。そして、俺は普通の生活に飽きて、引きこもったクズだ。
俺だって、最初はそんなつもりじゃなかった。
でも、俺は段々外が怖くなった。
そして自分の閉じた世界を守りたかった。
何故か。それは去年の冬あたりから俺達の学校に異変が起こり始めたからだ。
ダチ達はその事を、「カミワザ」と冗談めかして言っていた。
酷いブラックジョークなもんだ。だってそのカミワザとやらは、俺達の精神をおかしくさせたり、怪我人が続出したり、中には自ら退学する人も現れたくらいだ。
「ハルヤ……今日は学校に……」
「行けないよ、母さん。絶対に、だ。」
「そう……」
――母さん、俺だってしたくてこうしてる訳じゃないんだよ。平和な学校の暮らしが崩れたあの頃から、僕は自分を守る為に行動してきた。
俺は窓を開け、ぼんやりと雲の動きを眺めていた。動きが遅い、もはや止まってる。まるで、今の俺を見てるみたいじゃないか。
ふと、下を見ると、一人の少女が家の前を通っているのが見えた。俺のおよそ二つ下くらいだ。
「あの子、俺どっかで見たことあ#っ¥」
自分の声に異変を感じた瞬間
――俺は意識を失った。
◇◇◇ ――
歩いている、という感覚だけを感じた。
そして、自動車が近づいてくるのを感じる。
風が感じられない、まるで時間が止まっているみたいだ。
「……ア」
声を発することが出来た。だが、自分の体から発した声ではない様だ。一体、これは……
視点を下げてみると、それは普段の部屋着ではなかった。これは、女子の服だ!
ふと、あたりを見渡す。足は勝手に動いてしまうが目と口の制御権はこっちに有るのだろうか。
意味の分からないまま辺りを見渡すしていると、見慣れたT字路が見えた。
――ここって、家からすぐのあそこじゃないか。
今自分の体がどこに有るかわからないけれど、なぜか胸騒ぎがする、何か良くないことが起きるって。
「ア、アブナ……!」
T字路を曲がろうとした次の瞬間、大きな車が体に衝撃を与えた。
自分の体じゃないからか全く痛みを感じなかったが、目に見えたのは有るべからざる方向に手足が曲がり、宙に舞った少女の体だった。
体からは真っ赤な血が流れて、スローモーションの様に時が進んだ。
「…………助けて……」
今のは、俺の声じゃない。
突然、俺の脳に直接俺じゃない声が聞こえてきた。
「助けて……!助け@&」
◆◆◆◆ 「外」
「……ッ?!」
意識が戻った時、俺は窓際にいた。止まった様な雲、そして下を見ると、そこには少女が歩いていた。
「なんだ、夢か。」
俺が軽くため息を吐くと、ドタバタと母さんが二階の俺の部屋まで上がってきた。
「ちょっと、大丈夫?」
大丈夫、とは言いがたい。でもそんなことよりも、俺の心には一つのモヤモヤが突如現れた。なぜなら今さっきの景色、それが今下に見える少女の身に起こる悲劇である気がしたからである。
「母さん、ちょっとごめん!」
俺はこの時何を考えていたのだろう?
理屈は分からない。でも、背筋をなぞる冷や汗と過呼吸が俺の”予感”を確かなものにしていた。
あれが「ただの悪夢」じゃなさそうな予感が。
ありえない、という言葉で片付けられない予感が。
バタバタと階段を駆け下り、俺は部屋着のままドアに手をかけた。今なら間に合う、と。
しかし、ドアを開けた瞬間、俺の足は止まった。
――なんで……なんで……
足が、いや、体全体が外を怖がっている。嫌だ、出たくない、と。
これは俺にとって外に出る最後のチャンスかもしれない。それなのに……
寒い。もう春なのに。
俺は、なんでこんな程度で止まってるんだ。
――助けて、助け@&……
悪夢の最後の言葉が体に染み付いている。
行かないと、行かないと。
出たくない、出たくない……
「ハルヤ?本当にどうしたの……?」
声をかけてくれたのは驚いた顔をした母さんだった。
いや、驚いた顔というだけでは表現しきれないかもしれない。
母さんは確かに驚いていたが、それ以上の表情をしていた。
そうだ。あの夢が本当な訳ないじゃないか。また部屋に戻って、何もなかったかの様に部屋に篭ればいいじゃないか。きっとすぐに忘れる。
――助けて……
「……ッ?!うっ……」
「ハルヤ……?!」
あの声が聞こえる度、俺の思考は迷い、答えを失った。
「外、出てみなさい。ハルヤ。」
母さんのその声いつになく頼もしく感じた。
息を呑み、深呼吸する。
狡賢いよ。母さん。
そして俺は、決意を固めた。
俺は少し前へ足を進めると、俺を縛っていた温もりは体を離れて、外の空気は自由な寒さで俺を包んだ。
◆◆◆◇◇ 「接触」
外は寒かった。
足はおぼつかなかったが、なんとか家の前の道路へ向かった。
俺は歩道に出て右を向くと、T字路へ向かう少女が見えた。
「待っ……」
外を歩き慣れていなかったからか、外が怖いからか。走ろうとした瞬間、俺の視界が歪み、派手に転んだ。
擦りむいた足の血をみた瞬間、俺は悪夢で見た光景を思い出した。
「早く、しないと!」
俺は足をパンッと叩いて喝を入れると、再び立ち上がった。俺はがむしゃらに走った。そう、外を走っていたのだ。
向かい風を無視して、俺は空を飛んだ鳥の様な自由を噛み締めながら少女を追った。
――助けて!
少女がT字路を曲がろうとした瞬間、遂に俺は追いついた。咄嗟に少女手を引き、T時路から体から離す。
しかし、反動で俺の体は前に出る。
次の瞬間、俺の体には、衝撃が走った。
――えっ……?車に……撥ねられ……
そして俺は再び、意識を失った。
◆◆◆◇◇◇
「目、覚ましたのね。」
俺が目を覚ますと、視界にまず映ったのはあの少女だった。俺は、死ななかったのだろうか。
「え?俺は死なな……」
「今は死人らしくちょっと黙ってて。」
見渡してみると、ここはあのT字路から少し離れた場所にいた。少女は俺をじーっと観察して、いや、睨んでいた。「死人らしく黙ってて」というパワーワードを用いながら、だが。
遠くには、どうやら警察と救急車がいた。
そして、俺はそこで自分の死体を目にしたのだ。嘘じゃない、夢じゃない、今の俺は、正しく死んでいるようなのだ。
「AEDを早くセットしろ!お前は人口呼吸を!」
「聞こえますか!聞こえますか!」
なんとも異様な光景だ。俺は下を見下ろすと、自身の体はちゃんと感じられた。だが、その体は薄く、半透明だった。
「事情はちょっと移動してからね。ついてきて。」
幽霊の様な体になってしまった俺が連れて行かれたのは、裏道を通り抜けた先に植った一本の桜の木の下だった。
その木は不思議で、周りにはファンタジー作品に出てきそうな色付き透明の精霊の様なものが沢山あった。
「まずは、私を助けてくれて、ありがとうね!ハルヤ」
「ああ、どういたしたし……ってかなんで俺の名前知ってんだ?!」
「警察がハルヤさんハルヤさん……って何回も言ってたから。」
少女はにまーっと笑うと、俺の手を引いて桜の近くまで行った。
「なんで、私を助けようとしてくれたの?私が……見えていたの?」
――見えていたかだって……?
彼女は一体何を言っているのだろう。見えてはいけない存在なのだろうか。関わってはいけないということだろうか。
「見えていたも何も、今もさっきも変わらず見えてるさ。」
「まさか……いや、何でもないわ。」
少女は俺に何か言いたげではあったが、すぐに取り消した。桜の周りの精霊は、相変わらず俺たちの周りを彩り飛び交っていた。
「そういえば、自己紹介がまだだったね。」
少女は俺の手を取ると、ニコッと笑って見せた。何とも可愛らしい、ただそう感じた。
「私の名前はホナミ。ただのホナミでいいわ。」
ホナミ。可愛らしい名前だ。それに――
――なぜか、懐かしい。初対面のはずだ。でも俺は、彼女のことを知っている気がする。
ホナミはクリーム色のその服と長い髪の毛をただ一つ空き地でただ一つ立つ桜の木と共に風に靡かせていた。
桜の精霊達はそんなホナミを包み込み、クリスマスのイルミネーションの如くその姿を照らしている。
「綺麗だ……。」
俺は気づかず声に出していた。
「そう?ありがと。」
ホナミは微笑むと、俺の手をそっと掴んだ。今俺がどんな状況なのかなんて、この景色を見ている限りどうでも良く思えてくるのだ。
「私達はね、たましいの体って書いて魂体(こんたい)。だから生きた普通の人間とは少し違うの。」
――魂体。たましいの体。そうか、俺はもう、死んでいるのか。
俺は至極冷静だった。
未練などを語る程、何もしてこなかったからかもしれない。最後に外に出られたからかもしれない。
でも、送り出してくれたお母さんには、お礼くらい言いたかったな――
「驚かない……のね。少し意外だわ。」
ホナミは軽く苦笑をすると、桜の木を見た。
「桜のつぼみ。新しい花、新しい春。花は咲く為に命を燃やしてパッと散る。まるで、人の人生みたいだって、そう思う?」
突然何を言い出すのだろう。
でもこのセリフ、いつか聞いたことがあるような――
「そうだね。確かに、儚さ、呆気なさ。そして、派手に散れて嬉しそうな花や、開ききれなかった無念の花。みんな同じ人生って木の花だ。」
「ハルヤは、ポエムみたいなことを言うのね。」
ホナミは微笑むと少し寂しそうな顔で目を閉じ、桜の木に差し込む風を感じていた。
「桜の花。私は”恋”みたいだなって、思うの。私達は魂体で、普通の人には見えなくて、何もできない。でも、みんなみたいに花は見られるの。感情だってあるの。そう、ただみんなには見えない、それだけ……」
俺には彼女のことが、ホナミが見えていた。それは俺が特別だったからだろうか。それとも、何か違う理由があるからだろうか。今は何も分からない。
でも俺は一つ、言い切れることがあった。
あの悪夢は「ただの夢」じゃなかったのだと。
そして俺は、ホナミに「恋」しているのだと。してしまったのだと。