〇御茶ノ水駅(夕方)

人が行き交うなか、スマホを見るましろ。
時間は17時半くらい。

ましろ(この時間に探索してれば覚えられるような)
ましろ(やっぱり断り入れておこうかな?)

ましろ、『自分で覚えられそうだから大丈夫そう』とメッセージを入れて、駅周辺を探索する。
帰宅時の人が多いなか、歩く。

ましろ(朝は気が動転してたけど、けっこう簡単かも?)

スマホの道案内と見比べながら歩く。
思っていたより簡単に駅についた。

ましろ「わ、これならいけそう!」

ましろ、今度は逆方向に向かってまた歩く。
今度はスマホを見ずに歩く。
それを何度か繰り返していると、ニヤニヤした男たちに声をかけられた。

チャラ男A「さっきから同じところぐるぐるしてるけど、迷子?」
チャラ男B「オレら教えてあげようか?」
ましろ「いえ。道の予習をしてただけで……。大丈夫です」
チャラ男A「その制服リッコー?」
チャラ男B「マジ。クソ頭いいとこじゃん」

ましろ、すこし怖くなってくる。
反射的にあたりを見るけれど、我関せずでみんなスルーしていく。

ましろ(ひとりくらい気にかけてくれたっていいじゃん!)
ましろ(美少女でもないし、助ける価値ないのかもしれないけど)

ましろ(うわ。虚しくなってきた)

チャラ男A「ねぇ、聞いてるー?」

ましろの顔をのぞきこもうとしたチャラ男の肩を大きな手がグッと引く。

海斗「ちょっと、その子になんか用すか」

チャラ男A「んだよ、男と待ち合わせしてたのかよ」
チャラ男B「ハッキリそう言えよな。ブス!」

チャラ男たち去って行く。

ましろ(どうせブスだし!)

心のなかで舌を出すましろ。
海斗、チャラ男たちを睨むように見てる。

海斗「ブスって、目ついてんのかあいつら」

ましろ(は?)

空耳かと首をひねっていると、海斗がのぞきこんでくる。

海斗「大丈夫か?」
ましろ「え! だ、大丈夫。それよりどうして?」
ましろ「大丈夫って送ったはずだけど……」
海斗「こっちこそ大丈夫か確認のメッセ送ったけど」
ましろ「えっ」

ましろ、スマホを見る。
海斗からメッセージがきていた。

ましろ「あ、ほんとだ。ごめん見てなかった」
海斗「いいよ。なんか変なのに絡まれてたし」

ましろ苦笑する。

海斗「道は覚えられたのか?」
ましろ「うん。思ってたより簡単だったかも」

自然と並んで歩きだす。

海斗「里見の家、学校から近いのか?」
ましろ「徒歩15分。だからあの高校にしたんだ」
海斗「そんな理由で受かるのすごいな」
ましろ「中学のときから絶対ここって決めてたから」

海斗、考えるようなそぶり。

海斗「明日から、一緒に行くか?」
ましろ「……え。え⁉」

ギョッとするましろ。
身振り手振りで遠慮を伝える。

ましろ「なんで⁉ いいよ! 大丈夫」
海斗「満員電車って、いろいろあるって聞くし」
ましろ「みんな電車通学だし、そうそうないよ」
海斗「もしなにかあったら母さんにボコられる」

しんっと、一瞬沈黙。

ましろ「おばさま、強いんだね……」
海斗「ウチのなかで最強だ」

顔を見合ってくすくす笑う。


〇電車の中
満員電車。ぎゅうぎゅうに押しつぶされるましろ。

海斗「こっち」

ドアの横のスペースに入れてもらうましろ。
海斗がましろを囲むように手をつく。

ましろ「ありがとう」

前を見て、海斗の首筋が近くにあることにドキッとする。暑いのか汗が流れていた。

ましろ(見ちゃいけないものを見たかも……!)

ましろ、ふいと横を向く。
すると、ガタッと電車が揺れ、人がましろたちのほうに倒れてくる。
海斗が踏ん張るが、満員電車の圧力ですこし倒れてくる。顔がかなり近い。

海斗「悪い」
ましろ「う、ううん。こっちこそごめん。盾になってもらっちゃって……」
海斗「どうせすぐだから」

海斗の言うとおり、すぐ降りる駅に到着する。
改札を出て、並んで歩く。

海斗「駅からの道はわかるか?」
ましろ「たぶん大丈夫」
海斗「ま、明日一緒に登校するからいいか」
ましろ「あれ、本気だったの⁉」

ましろ、びっくりして海斗を見あげる。

海斗「嫌なのか?」
ましろ「えーっと。海斗くんってほら、モテるから」
ましろ「居候してることとかは、あまり知られたくないなーって」

あははと笑うましろ。
海斗は眉を寄せるが、わかったとうなずく。

海斗「なら、駅についたらバラバラに登校」
ましろ「そんなに気をつかわなくても」
海斗「なにかあってからじゃ遅いだろ」

海斗、少し反省したような、気まずそうな表情をする。

海斗「悪かったな、朝は。その、女の事情が身近じゃなかったっていうか…」
海斗「どこか他人事だった」

ましろ、ぱちくりと目をまたたく。

ましろ(もしかして)
ましろ(絡まれてるの見てびっくりしたのかな?)

ましろは少しだけおかしくなって、ふふっと笑う。

ましろ「じゃあ、朝、よろしくお願いします」
海斗「ああ」
ましろ「学校の最寄り駅まで」

釘をさすましろに海斗はふっと笑う。

海斗「わかってるよ」


〇橘家・玄関
ガチャッと扉をあけるましろと海斗。

ましろ「おじゃまします?」
海斗「ただいまでいいだろ」
ましろ「た、ただいま」

靴をそろえてリビングに行くましろ。


〇橘家リビング
暗い部屋の電気をつける。
ガランッとしていてだれもいない。

ましろ「まだだれも帰ってないんだね」
海斗「母さんも働いてるからな。よく遅くなる」
ましろ「そうなんだ。おばさまはなにを?」

海斗、制服のネクタイをほどく。

海斗「ジュエリーデザイナー」
ましろ「ええ、すごい!」

海斗、チラッとましろを見る。

海斗「あのさ。着替えたいんだけど」
ましろ「え! ご、ごめん!」

ましろ、慌ててリビングを出て行く。


〇橘家・海斗の部屋
ましろも制服を着替える。ラフな部屋着に。

ましろ(おばさままだ帰ってないんだよね。ごはんとかどうするんだろ?)

トントンと控えめなノック。

ましろ「海斗くん?」

扉をあけるましろ。
同じようにラフな服に着替えた海斗。

海斗「母さん帰り遅くなるってさ。出前とっとけって。なにがいい?」
ましろ「え! そうなの?」

ましろ、海斗とリビングに行く。

〇橘家リビング
テーブルの上に、たくさんの出前のチラシ。

海斗「だいたい出前はこんな感じ。あとはウービーイーツとか」
ましろ「よく出前とるの?」
海斗「まぁ、母さんも父さんもよく遅くなるからな」
ましろ「そうなんだ……」

ましろ、ジッと出前のチラシを見る。

ましろ(出前、高い!)

ましろ、控えめに海斗を見あげる。

ましろ「あの、迷惑じゃなかったらなんだけど、私が夕食作ろうか?」
海斗「里見が?」
ましろ「お母さん料理下手で、よく代わりに作ってたんだ」
ましろ「おばさまが冷蔵庫かってに開けるの嫌じゃなかったらだけど」
海斗「聞いてみる」

その場で電話をかける海斗。

海斗「もしもし母さん?」
海斗「里見が夕飯作ってくれるって言ってるんだけど」

海斗、スマホをましろに差し出してくる。

ましろ「え」
海斗「変わってくれって」

ドキドキしながら海斗のスマホを受け取る。

ましろ「もしもし。あの、差し出がましいことを言ってすみませんでした!」
橘母『ええ? いいのよ~。それより、本当にいいの? 大変じゃないかしら?』
ましろ「いえいえ。まったく。それより、冷蔵庫のなかの食材とか、調理器具とかかってに使っても大丈夫ですか?」
橘母『そんなのかってに使っちゃって。ウチのでかい男たちはなーんにもできないんだから』
ましろ「あ、はは」

ましろ、チラリと海斗を見る。海斗、なんだ?と言いたげに首をかしげる。

橘母『悠人は今日塾があるから夕食はいらないわ。翔太はもうすこしかかるわね。でも二人前食べるから、あの子』
ましろ「わかりました」
橘母『私も帰ったら食べてもいいかしら? ましろちゃんの手料理』
ましろ「もちろんです!」
橘母『お仕事頑張っちゃうわ! それじゃあよろしくね、ましろちゃん』

通話がおわって海斗にスマホを返す。
ましろ、キッチンへ行き、さっそく冷蔵庫の中を物色する。

ましろ(最初だから好き嫌いなさそうなカレーとかがいいかな)

材料があるかチェックしてると海斗がくる。

海斗「なに作んの?」
ましろ「カレーかな?」
ましろ「最初から我が強いのはどうかなって思って」

海斗、おかしそうに笑う。

海斗「料理に我が強いとかあんのか?」
ましろ「あるよ。いきなりピロシキとか、タラのトマトチーズホイル焼きとか、アクアパッツァとか作られても困るでしょ?」
海斗「うまそうだけど」
ましろ「みんなの好みとかもわかってないし」

ましろはカレーの材料を選んで、作業台の上にのせる。

ましろ「カレーはみんな食べられる?」
海斗「つか、ウチ、基本好き嫌いなし」
ましろ「そうなんだ。でも今日はカレーね。材料あったし」

手早く料理するましろ。
お米が炊き上がり、できたカレーをよそる。

ましろ「海斗くん。できたよ」
海斗「すげーいい匂いしてた」

近づいてきた海斗が匂いを嗅いで、腹をおさえる。
ましろ、カレーの皿を二つ渡す。

ましろ「並べて。サラダもあるから」

ましろ、サラダを持ってリビングに行く。
ダイニングテーブルの上に、二人分のカレーとサラダ。手を合わせるましろと海斗。

ましろ・海斗「いただきます」

海斗、ひと口食べて、目を輝かせる。

海斗「うま! 母さんよりうまい」
ましろ「それは褒めすぎだと思う」

ガツガツ食べる海斗。すぐに空になる皿。
皿を持って立ちあがる海斗。

海斗「おかわりしていい?」
ましろ「たぶん大丈夫」

ましろ(お米足りるよね?)

もどってきた海斗がまたガツガツと食べる。

ましろ(男の子ってこんなに食べるんだ……)

満足した海斗が腹をなでている。

海斗「出前じゃない夕食久しぶりかも」
ましろ「そうなの?」
海斗「母さん最近忙しいみたいだからな」

ゆるりと頬杖をつく海斗。まだ食べてるましろ。

ましろ「でも、出前だとこんなに量ないよね? 足りるの?」
海斗「よくコンビニ行ってパンとか買ってる」
ましろ「スポーツマンがそれじゃだめだよ」
海斗「それは翔太に言うべきだな」
海斗「俺は医者志望」
ましろ「バスケ上手なのに?」

海斗がふいにましろを見る。

海斗「そういや、今日見てたな」
ましろ「え! あ、うん。人だかりができてたから気になって。海斗くんすごい人気だったね」

海斗、興味なさそうに適当にうなずく。

海斗「話したこと相手にキャーキャー言えるのはすごいよな」
ましろ「そうかな? 話したことなくても、あの人カッコいいなとかはあると思うけど」
海斗「ふぅん? 里見も?」

ジッと海斗が見つめてくる。
ましろ、綺麗な顔に見つめられてドキッとする。

海斗「そういう経験あるのか?」
ましろ「う、うん。まぁ、なくはないかな……」
海斗「ふぅん」

気まずい空気が流れたところで、ガチャッと玄関がひらく。

翔太「たっだいまー!」
ましろ「あ、翔太くんだ。おかえりなさい!」
翔太「え、なになにー。めっちゃいい匂いすんだけど!」
ましろ「カレー作ったの。食べられる?」
翔太「マジで⁉ ましろちゃんすっご! 俺ちょう腹へった!」

ましろ、立ちあがって翔太のカレーをよそりに行く。
海斗、翔太をじろっとにらむ。

海斗「おまえ、ましろって呼んでんのか」
翔太「え? うん。いいじゃん。ましろ。かわいい名前だよな」
海斗「……」

むすっとする海斗。
カレーを持ってもどってくるましろ。

ましろ「あれ、海斗くんどうしたの?」
海斗「別に」

翔太、ニヤァっと笑う。

翔太「ましろちゃん、海斗がましろって呼びたいってさ」
海斗「なっ!」

ましろきょとんとする。

ましろ「え? いいよ。私も海斗くんって呼んでるし」
海斗「いいのか?」
ましろ「え、うん」

海斗「ましろ」

ましろ、まっすぐ見すえてくる海斗にちょっとドキッとする。

ましろ「あ。やっぱりちょっと恥ずかしいかも」

海斗、ちょっと悪い顔で笑う。

海斗「今さら取り消すのはなしだ」

ましろドキッとする。パッと海斗から視線をそらす。

ましろ「食器洗っちゃうね」
海斗「そのくらいやるって」
ましろ「そ、そう? じゃあお願いしようかな」

海斗に洗い物をまかせて、海斗の部屋にもどるましろ。扉に背中をあずけて、心臓を押さえる。

ましろ(どうしよう……。なんか、ドキドキしてる)