〇家の中・リビング(夜)

半裸でタオルを肩にかけ、500mlの水を一気飲みしている海斗。
皿洗いをしている悠人。
イスに座ってスマホをいじっている翔太。
全員がポカンとましろのほうを見ている。

ましろ(ひー! 美形三兄弟!)

海斗「里見?」

海斗が訝しむようにましろを見る。

スーツケースと大きな旅行バックを手に持つましろ。気まずい。
ましろの後ろから、海斗たちの母親がやってくる。

橘母「あら海斗、知り合いだったのね! ちょうどいいわ」

橘母「今日から一緒に住む里見ましろちゃん」


海斗「は?」
悠人「一緒に? その子と?」
翔太「だれー? 海斗知り合い?」

海斗がチラリとましろを見る。

海斗「同じクラスの里見ましろ」
海斗「知ってるのはそのくらい」

海斗「つか、なんでウチに」


ましろ(そんなこと、わたしだって知りたいよ!)

ましろ(あぁ、もう。いたたまれない!)

ましろ(これもぜーんぶ、お母さんのせいなんだから!)



〇(回想)ましろの家(休日)

ましろ「え⁉ 宝くじに当たった⁉」
ましろ母「そうなのよー。それも、なんと」

ゴクリとつばをのむましろ。
ましろの母、突然麦わら帽子をかぶる。

ましろの母「三億円!」
ましろ「さ、三億⁉」
ましろ「って、あの三億⁉ ウソ! お母さん間違えてない⁉」
ましろ母「間違いじゃないわよ~。ほら、通帳にきっちり、三億」

通帳を見せてくるましろ母。
ましろ桁を数える。見事に三億。

ましろ母「それでね、ましろちゃん」

ましろ「うんうん!」
ましろ「三億だよ! あ! 高級フレンチとかどうかな? ほかには? お家新しくするとか!」

ワクワクするましろ。
ましろ母、ゆっくり目をつむり、しずかに首を横にふる。
ましろ、テンションが落ち着いてくる。

ましろ「やっぱりここは、堅実に貯金?」

ましろ母「ちがうのよ」
ましろ父「おーい、準備できたぞ~。こんなもんか」

ましろ父が階段から降りてくる。スーツケースに、大きなバッグ。

ましろ「え? あ、もしかして旅行?」
ましろ母「そうなの!」

ましろ瞳が輝く。

ましろ「どこに⁉」

ましろ母、天井をどーんと指さす。

ましろ母「世界一周旅行よ!」
ましろ「えええぇぇ! すごい! いつから? 準備しないと!」

慌てるましろ。
きょとんと首をかしげるましろ母。

ましろ母「ましろちゃんは留守番よ?」
ましろ「……は?」

ウキウキが吹っ飛ぶましろ。

ましろ母「あとね、お父さん退職しちゃった♡」
ましろ「は?」
ましろ父「早期退職を募集していたんだ。この際ちょうどいいと、退職を決意した」

腕を組み、しみじみと深くうなずくましろ父。
ましろ、いやな予感がしてくる。

ましろ母「だから、二人で、世界一周の旅に行ってくるわ!」

崖の上に立ち、見えない海の先を示すましろ母と父の幻覚。波が打ち返してきている。

ましろ、ハッとして、現実のテーブルを両手で叩く。

ましろ「ちょっと待ってよ! 私は⁉」
ましろ母「ましろちゃんは学校があるでしょ?」

のほほんと手を頬にあて首をかしげるましろ母。

ましろ「あるけど! 娘をおいてくの⁉ そんな楽しそうなところ行くのに!」
ましろ母「大丈夫よ~。ましろちゃんのことは、お母さんの知り合いに頼んだわ」
ましろ「聞いてないよ! だったら一人で住むし」
ましろ母「さすがに女の子家に一人じゃ心配だわ」
ましろ「おいて行くのはお母さんじゃん」
ましろ「それに、どう考えても相手の人に迷惑でしょ」
ましろ母「大丈夫よ~」

ましろ母、グッと親指を突きだす。

ましろ母「迷惑料込、500万で買収済みよ」

ましろ(こんなお母さんやだ……)

ましろ父「母さん、そろそろ飛行機の時間だ」
ましろ母「あらたいへん。それじゃあね、ましろちゃん」

ましろ母と父、スーツケースを持って玄関に移動する。おいかけるましろ。

ましろ「今から⁉」
ましろ母「あ、このお家はしばらく貸すことになってるから、はやく出ていくのよ~」
ましろ「ちょっとお母さ……!」

バタンッと玄関がしまる。

ましろ(も~! お母さんの馬鹿!)



〇(回想終了)橘家リビング


ましろぎこちない笑みを浮かべて頭を下げる。

ましろ「里見ましろです。みなさんにはご迷惑をかけないよう、慎ましやかな生活を心がけるのでよろしくお願いします」

海斗、ソファにかけてあったシャツを着る。

海斗「母さんどういうこと?」
橘母「ましろちゃんのお母さんとお友だちなの。それでね、世界一周旅行に行くって言うから、しばらく預かることになったのよ」

海斗「世界一周?」
悠人「あ~。おいてかれちゃったんだ」
翔太「かわいそ~」

ましろ(うぅ、あたたかい)
ましろ(お母さんたちより、心があったかい!)

ましろ、心のなかで涙を流す。

海斗「まぁ、俺はかまわないけど」
悠人「僕もいいよ」
翔太「俺も~」

橘母「よかった! それじゃあ、海斗の部屋、ましろちゃんに譲ってあげてね♡」

海斗「は?」

ドスのきいた声に慌てるましろ。

ましろ「おおお、おばさま! 私のことはどうぞおかまいなく。寝袋を持参しましたので!」
橘母「女の子が寝袋なんてダメよ」

橘母、海斗のほうを見て

橘母「海斗、あなたが寝袋で寝なさい」

ましろ(ひぃぃぃぃ! やめてください、おばさま!)

ましろ、おそるおそる、海斗を見る。
ジロッと、ましろを睨んでいる(ように見える)。

ましろ(どうしよう……!)
ましろ(まさかお母さんの知り合いが、橘家だったなんて)
ましろ(橘海斗とひとつ屋根の下というだけでも殺人案件なのに)
ましろ(本人を押しのけて部屋を強奪)

ましろ、顔を真っ青にさせる。

ましろ(世界中の人に、命を狙われる⁉)

大げさな思考で慌てるましろ。

海斗「いつまで?」
ましろ「え」
海斗「親、いつ帰ってくんの?」
ましろ「そ、それが……わからなくて……」

また睨んでくる海斗。ましろ、慌てて言いわけをする。

ましろ「私も今日言われて! なんか三億円当たったらしくて! だからわからないっていうか」

翔太が身を乗り出して、目をキラキラさせる。

翔太「三億円⁉ マジで? すげぇ!」

ましろ、冷静に片手を出す。

ましろ「世界一周旅行ですっからかんになって帰ってくると思います」
悠人「ましろちゃんのご両親がどんな方かイメージついたかも」

悠人がクスクスと笑う。

橘母、自慢げに胸を張る。

橘母「育ち盛りのお金がかかるあんたたちに、朗報です」

橘母「なんと、ましろちゃん預り金、500万いただきましたー!」

海斗「は?」

眉をひそめる海斗に橘母は仁王立ちする。

橘母「ウチはこれから、お金が、いるのよ」

橘母「海斗! あんたの志望の医学部!」

ビシッと指名された海斗、うっと詰まる。

橘母「悠人! あんたの志望の美大!」

悠人、あはっと笑う。

橘母「翔太! サッカークラブの月謝、遠征費、もろもろ」

悠人「あ~。海斗、譲ってあげな」

海斗の肩をたたく、悠人。
嫌そうに眉をよせる海斗。
一気にテンションが上がる翔太。

翔太「母さん、俺、新しいスパイク!」

ましろ遠くを見る。

ましろ(お金の力って、すごい……)


〇海斗の部屋
男らしい部屋だけど整理整頓がしっかりされている。
医学書がたくさん並んでいる本棚。

部屋に海斗とましろ。
ましろに海斗が部屋の説明をしている。

海斗「部屋にあるもの、あんまり触らないでほしいんだけど」
ましろ「わかってます。って、そうじゃなくて」
ましろ「あの、た、橘くん」
海斗「海斗でいいよ。ウチ、みんな橘だから」
ましろ「じゃあ、海斗くん」
ましろ「あの、ごめんなさい!」

頭を下げるましろ。

ましろ「私、本当に寝袋でよくて」
海斗「いいよ。リビングに簡易ベッドだしてもらえることになったし」
ましろ「というか、私がそれで」
海斗「リビングで女が寝るのは危なくないか?」
ましろ「そうかな? 大丈夫だと思うけど」
海斗「悠人はああ見えて女好き」
ましろ「え」
海斗「俺の部屋は一応鍵あるし」

海斗がベッドの上の布団を整えて、必要最低限のものを持って扉に向かう。

海斗「じゃ、あとは適当に」
海斗「わからないことあったら聞いて。リビングにいるから」

海斗、出ていこうとして、ひょいと顔を出す。

海斗「参考書とか取りにちょくちょく寄らせてもらうと思うけど」

ましろ「いや、それはもうお好きに。海斗くんのお部屋ですから」

海斗、ふっと笑う。

海斗「悪いな」

部屋の扉がしまる。
ましろ、さっきの海斗の笑みを思い出す。

ましろ(海斗くんって、クラスだとクールな感じだったけど、意外と優しいんだ)

ましろ、チラッとベッドを見て、持ってきた荷物から寝袋をとり出す。
床に敷いて、寝袋の上で膝を抱える。目は決意に燃えている。

ましろ「橘海斗と同じ家に住んでいることは、絶対に隠し通さなきゃ」