「僕はね、誰にも譲りたくなかったんだ」

「え?」


 どちらともなく歩みが止まる。ヴァーリックは真剣な表情でオティリエを見つめると、右手をオティリエの頬に伸ばした。


「オティリエを部屋に送り届ける役目を、他の誰にも譲りたくなかった」


 スリ、と優しく頬が撫でられる。まるで大事な宝物を扱うかのような手つきと眼差しに、オティリエは息をするのも忘れて見入ってしまった。


(なんて返事をすればいいのかしら?)


 体から飛び出してしまうのではないかと思うほどに、心臓が早鐘を打っている。触れている手のひらから、頬から、気持ちがバレてしまうのではないかとオティリエは怖くなってしまった。


「――そういうわけだから、どうか気に病まないで」


 どのぐらい時間が経っただろう? ヴァーリックが長い沈黙を破り、オティリエの頭をポンと撫でる。


「……わかりました」


 二人は手を繋いだまま、再びゆっくりと歩き始めた。